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「セクハラヤジ」について、夫と話してみました。
2014年07月05日 (土) | 編集 |
こんばんは。(といっても、夜中・・。)またもや更新の間隔が開いてしまいました。

今日は、先月18日に東京都議会で起きた、女性意議員への「セクハラヤジ」について。

塩村文夏都議に「産めないのか」とセクハラやじ
The Huffington Postより。
(投稿日: 2014年06月19日 11時31分 JST 更新: 2014年06月19日)
==============ここから引用。
東京都議会の本会議で6月18日、みんなの党会派の塩村文夏(あやか)議員(35)が、一般質問で妊娠、出産、不妊に悩む女性への支援の必要性を訴えた際、男性の声で「自分が早く結婚すればいい」「産めないのか」などのヤジが飛んだ。朝日新聞デジタルなどが報じた。
==============引用ここまで。

これは、テレビや新聞報道でも詳しく伝えられているので、ここでの詳細はこれまでにとどめますが、まずひとつ言えることは、これは重大なセクシャルハラスメント(性的嫌がらせ)です。女性への侮蔑・軽蔑です。
その野次が飛ばされた時に起こった笑いは、陰湿な笑いです。
この後の、世間というか世の中の反応は。
主に女性たちだと思いますが、男性も、怒りをあらわにしました。
ネットでは、抗議の署名が何万と集まりました。
ただ、ちょっと気になったことが。
野次を飛ばした自民党議員の資質を問うよりも、塩村議員を責めるような論調が多い気もしました。しかも、塩村議員の過去の経歴などについて、です。
「そういうことを言われても仕方のない人」として考える人が意外と多いことに、
私は、戸惑いを覚えました。

そして、集団的自衛権行使容認を閣議決定、という大きなニュースが出るまで、
このことは、夫と一緒に見ている朝のテレビニュースでも扱っていました。
夫には、それまで何回か、自民党議員が塩村都議にセクハラ野次を飛ばしたことについて、
「どう思うか」と聞いてみました。
その度に、「あのおねーちゃん(塩村都議)にも悪いところがあったと思うよ。なんか、1500万だか?ふんだくったとか。けっこうな人らしいよ」というような答え。
私は、(塩村さんを「おねーちゃん」と呼ぶことはどっちでもいいが、)
「でもあの人(塩村さん)は、有権者から選ばれた議員なんだよ。あの人の過去がどうだこうだ、というのは関係ないと思う」というところで、そのときは話はそこで終わりました。

そして、6月30日朝。
また、朝の時間帯にそのことを伝えていて、夫が同じようなことを言ったので、
「あのさ、(詳細は省きますがこれは実話です)昔、私が二人目を流産したときに、まだ10日も経たないうちにお姉さん(義理姉)の実家に行ったでしょ。その時に、「また次(の子ども)がんばれよ」と、皆の前で茶化されて笑いものにされて(もっとひどいことも)言われたんだけど、私は黙って我慢したの。それと同じことだよね。と思うんだけど。
私は、塩村都議の過去とか、どういう人か関係ないと思っている。興味もない。
塩村さんと自民党の鈴木都議の個人間の問題ではない。

と私は返事をしたのですが、夫は納得がいっていないようでした。
(下線は、重要な部分ですので、下線を引きました)

そして、これは週刊新潮の見出しについての、私のツイート(7月3日)です。

 ↑(7月3日号でした。
ちなみに、新潮については、「私は、松本サリン事件で河野義行さんを犯人扱いして以来、新潮を買っていません」と言っている方がいる。web上でその方は、2回は言及している(私はそれで初めて、新潮が事件後に「毒ガス事件発生源の怪奇家系図」という記事を書いたことを知った)。私も、週刊新潮は買わない)

(ここに、ネットでの反応として13行の記事を書いたのですが、
冗長になってしまったため、「続きを読む」に移しました。(7月5日18:11))


今、書いていて余計に気分が滅入ってきました。
鈴木章浩都議の謝罪会見やりとり 「早く結婚して頂きたくて」【セクハラやじ】
 ↑ 鈴木議員のこの発言もまた、セクハラじゃん・・と思いました。

「セクハラ野次」問題ですが、根が深いな、と思っています。
セクハラとはまた違いますが、
関連して私が気になっているのは、雅子皇太子妃のことです。
続きは、また書きます。


[READ MORE...]
「自衛隊の海外での武力行使について、『軍法』の問題が抜け落ちている」、と、伊勢崎賢治さん。
2014年06月24日 (火) | 編集 |
こんばんは。(6月26日です。添削しました)

ツイッターで、フォロワーさんがRT(転載)した、
伊勢崎賢治さんのツイートについて、書きます。
伊勢崎さんは、集団的自衛権のことを考えるに当たり、
「軍法」のことが抜け落ちている、と指摘しています。
ツイートにもありますが、この部分です。
自衛隊の海外での武力行使について、ウヨク:サヨク、改憲派:護憲派、すべての陣営に欠けている視点があります。「軍法」の問題です。(1番目のツイート)

私は伊勢崎さんについて、過去に自分のブログに記事を書いていました。
「憲法9条は日本人にはもったいない」、と。[1]
「憲法9条は日本人にはもったいない」、と。[2]
「憲法9条は日本人にはもったいない」、と。[3]


伊勢崎さんのツイートの最後に、ジャズイベントの紹介があります。
お時間がある方は、ぜひ、参加なさってみてください。
(私も、自分の都合が合えば行きたいというイベントが多いものの、なかなか行けず)
ジャズイベント、日にちが迫っています。
6月27日(金・明日)と、6月29日(日)です。



伊勢崎賢治さんは、こういう方です。wikipedeiaより
→『東京外国語大学総合国際学研究院教授。 東京外国語大学総合国際学研究院教授。 NGO・国際連合職員として世界各地の紛争現地での紛争処理、武装解除などに当たった実務家としての経験を持ち、紛争屋を自称する。現在は大学教授として教務する傍ら、評論家としてメディアにも出演しており、紛争解決請負人とも呼ばれる。紛争屋を自称する。現在は大学教授として教務する傍ら、評論家としてメディアにも出演しており、紛争解決請負人とも呼ばれる。

伊勢崎さんの経歴、紛争解決請負人とも呼ばれる。という部分、大事だと思います。
が、伊勢崎さんについて三つも記事にしておきながら、
どのように紛争を解決したのか、私は現時点で把握していないでこの記事を書いています。
無血で(武器・兵器使用等なく)解決したのか、そうではないのか、は、
私の調査不足で、はっきりしたことは言えません。


■ツイートはすべて、2014年6月23日。ここから。転載。
つぶやきの順番は、ふってある番号順です。
================================================

1.伊勢崎賢治@isezakikenji
軍法と怒りのジャズ:自衛隊の海外での武力行使について、ウヨク:サヨク、改憲派:護憲派、すべての陣営に欠けている視点があります。「軍法」の問題です。想像してもみてください。もし沖縄で事件を起こした米兵が日本での訴追を免れた上、その米軍に軍法がなかったら…我々日本人はどう反応するか➡
 
2.伊勢崎賢治@isezakikenji
➡これが軍法を持たない自衛隊と派遣受け入れ国の現地社会との関係です。日本の刑法では海外での業務上過失致死傷は裁けません。国連平和維持活動や有志連合の多国籍軍の活動では、国連地位協定もしくは軍事教務協定によって、外国人兵士は「外交特権」と同じ現地法による訴追免除の措置を受けます➡

3.伊勢崎賢治@isezakikenji
➡よって、軍法のない自衛隊による過失は、地球上でこれを裁く法がないことになります。この根源的な問題から逃げるために我々は「後方支援」とか「非戦闘地域」とか日本でしか通用しない語彙を編み出し、「過失そのものが起こりえない」というロジックでやってきました。➡

4.伊勢崎賢治@isezakikenji
➡今のところそれは成功していますが、それはひとえに、この矛盾を誰よりも痛感している自衛隊諸氏の薄氷を踏む思いの行動でなりたってきたと言っても過言ではありません。➡

5.伊勢崎賢治@isezakikenji
➡海外での軍事行動をめぐる国際情勢は劇的に変化しております。自衛隊がこれからも送られ続けるであろう国連平和維持活動は、ルワンダの経験以来、現地住民の「保護する責任」を主任務とすることが常態化しております。「駆け付け警護」どころの騒ぎではないのです。➡

6.伊勢崎賢治@isezakikenji
➡「後方支援」でも、避難してきた住民の保護のため交戦になる可能性は非常に高くなっています。テロとの戦いを最大のテーマとする「集団的自衛権」の行使の多国籍軍は、現地社会の「人心掌握」を軍事ドクトリン化していますので、住民の保護は当たり前。➡

7.伊勢崎賢治@isezakikenji
➡そして、その住民に対して過失が起こった場合、「本国送還するけど安心してね。軍法で厳しく罰するから」と現地社会に言い訳できない軍の存在は、多国籍軍の統合指揮にとって、人心掌握上、決定的な欠陥になるばかりでなく、人道上、悲劇的に無責任なものです。➡

8.伊勢崎賢治@isezakikenji
➡日本人は、いつまで、この矛盾を自衛隊諸氏に背負わせるのでしょうか。怒り心頭のジャズです。今週は2つ。
6/27金:午後7時半
吉祥寺 メグ:http://www.meg-jazz.com/map.html

6/29日:午後8時
阿佐ヶ谷マンハッタン:http://www.ateliermw.com/manhattan/

============================転載ここまで。

これを読んで思ったのは、一般国民としての私は、自衛隊の活動を、テレビや新聞報道でしか知らず(本も1冊は読んだが)、災害救助活動としての自衛隊のイメージが最も強いということです。
「自衛隊が海外へ」という心配ばかりが先走り、自衛隊が加害者になることを、「うっすらとしか」考えていない・・・私はそういうところがあります。危機感がまだ足りないのです。
今年5月3日に書いた記事。
南スーダンの国連平和維持活動(PKO)での、昨年12月半ばの首都での戦闘。その時、日本の陸上自衛隊は。陸自井川隊長インタビュー。---「最低限の自衛だけは」考えた---朝日新聞より。
一旦出ると、こういう現実になります。
さらに、現場で、法律の運用など考えている暇のない事態にさらされ、
戦争に巻き込まれる、ということになってしまいます。

※参照
「UNHCR Japan」(国連難民高等弁務官事務所)のページより。
緒方貞子さんの講演。
講演録: 琉球新報社主催「琉球フォーラム」 1999年1月13日 ロジワールホテル オキナワ(沖縄県那覇市)にて 世界を回って考えること 緒方貞子 元国連難民高等弁務官

↑ ここでは、緒方さんの『実際は政治的な解決よりも紛争を通して武力で事を解決するという傾向にあるところがいくつか出てきております。』という発言箇所がありますが、
だからといって、
日本が集団的自衛権を持つことには、私は賛成しません。反対です。



「集団的自衛権」は、これからどうなっていくか
2014年06月04日 (水) | 編集 |

5つ16日、NHKで、「集団的自衛権について」特集をしていた。
私はツイッターで「#」というタグをつけてつぶやいていたところ、
「権利と義務の違いも分からないのか」、という、
突っ込みのような返信を私にしてきた人がいた。

でもそうでしょう、と思った。
個別的自衛権(自国を防衛する権利)は、万が一日本を重火器や兵器、武器で襲撃してきた場合、こちらも(事実上は自衛隊、ということになるのだろうか)自衛隊の武器で応戦する、ということになる。
しかし、集団的自衛権は「同盟国」が戦争に巻き込まれたら、自国の兵士(日本では自衛隊)を戦地に送って、同盟国の「敵国」と戦わなければなりません。義務だと思います。
日本が紛争状態になったら、同盟国も駆けつけて来てくれる?
その頃には、日本は手のつけようも無くボロボロになっているのでは・・・
と、想像してしまいます。

自衛隊のアフリカ派遣を要請
(佐賀新聞・2014年06月03日 02時00分)
より、一部抜粋、ここから。
======================
 アフリカには九つのPKOが展開するが、自衛隊が参加しているのは国連南スーダン派遣団(UNMISS)だけで、新たな派遣先や活動の模索を迫られる可能性がありそうだ。

 米政府筋によると、オバマ氏は首脳会談でテロ対策やアフリカの治安安定の必要性を指摘、日本がより多くのPKOに部隊派遣することが望ましいとの認識を示した。ただ、具体的な派遣先には言及しなかった。
======================ここまで。(下線は私による)

上の記事中、安倍首相は 
安倍氏は5月15日の記者会見で「PKOや後方支援など国際社会の平和と安定に一層貢献していく」と表明。と言っていますが、
安倍首相の頭の中には、憲法(国民が政府に制約をかけるのですよ!)の中に9条があるということが、まったく無いようです。 

政治の状況は、消費税増税に生活保護切り下げに、・・・・私がいちいちここで書かなくても、惨憺たる状況です。年金は、私が60代になる頃には、破綻している可能性が高いです。


ここで、私が、「不思議だ」と思うこと。

これだけ、政府によって虐げられているのに、私のような出不精の人が一番「取っ付きやすい」ネットなどでも、政治関係、原発関連のことを発言すると、「反発を食らう」または、さささっ・・・と、知らぬ間に離れられていく・・・
ということです。
ネットではなくリアル世界では、家族はまだしも、普段会わない親戚友人には、
そのような話はできません。
「言わない」「口にしない」のがマナーというか、お約束というか。
これを思い出しました。(写真中の記事をお読みください)

  ↓ 

ツイッターは、誰をフォローするのも誰から離れるのも、
その人の自由なのですが、
反原発、脱被爆、集団的自衛権反対、反安倍、を表明すると、
なぜか人が離れる傾向はあると感じます。


しかし、こちらも考え直さなないとならない点は、あります。

まず、「何かというと、構える」、ということです。

たとえば、テレビで首相の記者会見が始まったとする。
  ↓ (分かりやすく言うと「サヨク」ということになるのだろうか)
「待ってました」、とばかりに、どこが問題なのか、ではなく
「あら探し」をする、「なにか失言をしないか」待ち構える、
「『醜い安倍』を象徴する何か」ボロを出せ、
みたいなところがあるのではないか、と感じることはあります。

たとえば、自衛隊が街中を「戦場の現場」に行く格好で行進した、
というニュースのとき、自衛隊というだけでやたらめたら「出動」(カウンター(?))する、
市民団体はいないだろうか。

デモのときに、私服警官というか、公安関係者というのか、
「警察なんか嫌いだ」のように、睨みつけたり(その行為が反権力、と勘違いしている人もいると感じる)、
…そういうことですね。
反原発では、ちょっと自分と意見が違うと、その人のことを邪推して、
「工作員!」と叫ぶ人もいるし。

でも良く考えたら、「みんな」から嫌われないようにお行儀よく反権力、
というのは世界標準から見ると、ずいぶんズレているように見えます。

最後に。はっきり言っておかなければ。

私は、首相が、「私が最高責任者だ」などと言って、
勝手に憲法解釈をして、
集団的自衛権を国民の了承も得ずに発動することに、
反対します。


南スーダンの国連平和維持活動(PKO)での、昨年12月半ばの首都での戦闘。その時、日本の陸上自衛隊は。陸自井川隊長インタビュー。---「最低限の自衛だけは」考えた---朝日新聞より。
2014年05月03日 (土) | 編集 |
こんばんは。ゴールデンウィークです。
今日は憲法記念日でもあります。
読者さまの多少は関係ない、記事を書かねばと思いました。

PKO(国連平和維持活動)の、南スーダンでの自衛隊の活動のことが、
先日(4月21日付)、朝日新聞で報じられていました。
新聞紙面の画像をスキャンしたので、ぜひ、読んでみてください。
クリックすると、大きくなります。

【1】
img008_convert_20140503180745.jpg

【2】
img007_convert_20140503175957.jpg

【3】
img009_convert_20140503181138.jpg


【4】
img010_convert_20140503182049.jpg


紙面にもありますが、南スーダンの避難民が武装勢力に襲われても、日本の自衛隊は武力で対抗して避難民を守る、というわけにはいきません。
自衛隊自身が襲撃された場合、または襲撃されそうな場合はどうするか。
今回の井川隊長の判断は、本当にギリギリだったのではないか・・・
そのように思いました。

【2】の紙面画像の
「法改正か撤退か国民的議論を」 ---記者はこう見た---
より、一部転載。ここから===========
現地を取材した私の考えでは、選択肢は二つしかない。憲法解釈を見直し、PKO協力法なども改正して派遣部隊に避難民を守るための武器使用を認めるか、現地が内戦状態にあることを認め、「停戦」を前提とする現行法を順守して南スーダンから撤退するかのどちらかだ。
============

>PKO協力法なども改正して派遣部隊に避難民を守るための武器使用を認める

となると、そこを突破口に、次々にあらゆる理由をつけて、
自衛隊の武器使用基準は緩くなっていくのではないか、という危惧があります。
それに、「憲法解釈」ですが、
解釈で内容を事実上変えることが出来るとなると、
それは、憲法ではなくなってしまう。

そして、私が今日ブログを書かずにはいられなかったのは、
少しでも、僅かな人でも、
国家権力から自分たちを守る憲法のことに関心を持ってほしい、
そんな思いからです。


「空気を読み過ぎ」病感染に気をつけよう。
2014年04月19日 (土) | 編集 |


こんにちは。

きのうツイッターで、RTされてきた文章です。
『県立青森高校では生徒の机上に「教育勅語」のコピーが…。』というのは、
私は朝日新聞の紙面で読んで知っていました。

==========朝日デジタルhttp://www.asahi.com/articles/ASG4J3494G4JUBNB001.html(2014年4月16日)より引用、ここから。
 青森県立青森高校で14日朝、1年生281人全員の机の上に「教育勅語」の原文が印刷された紙が置かれているのが見つかった。県教委学校教育課の担当者は「誰がどんな意図で置いたのかは分からない」と話す。
==========ここまで。

「1年生281人全員の机の上に」置かれていた、というのが不気味だな、
とは思いました。
なぜ、「教育勅語」なのか。

そして、こちらも気になります。以下、東京新聞web版より。

護憲PR電車中止 土佐電鉄「意見広告」批判受け

上のサイトより、一部を抜粋、転載。ここから。============

 高知市の土佐電気鉄道が、五月三日の憲法記念日に合わせ走らせてきた、護憲をPRする路面電車の運行を今年から中止することが十六日、分かった。車体には市民団体の負担で「守ろう平和憲法」などのメッセージが描かれていたが、市民から「意見広告だ」と批判されたのが理由。市民団体からは異論も出ている。
 土佐電鉄によると、PR車両は市民団体などが企画し、二〇〇六年から一両を、昨年は二両を五~八月ごろ運行した。
 昨年五月、市民から電話やメールで指摘を受け、運行終了後、土佐電鉄が今年は走らせない旨を市民団体に伝えた。
 土佐電鉄は内規で意見広告を禁じているが、昨年まで「国民の義務として憲法を順守しよう」との趣旨で認めていた。だが、安倍政権下で改憲論議が活発化していることを受け「意見広告と取られかねない」と判断。経営企画室の入交(いりまじり)聡室長代理は「議論があるテーマについて、公共交通が一方の意見を流すのは本意ではない」としている。

==================ここまで。

>安倍政権下で改憲論議が活発化していることを受け「意見広告と取られかねない」と判断。
と会社は考えているわけですね。
では、改憲の動きがなければ広告はOKということなのでしょうか。
土佐電気鉄道株式会社(TODEN)とでん広告
の中の、
広告取扱についてのご注意のページには、
『広告掲出にあたっては、原則以下基準のもと業種及びデザイン他を当社にて事前審査を行い可否を判断します。』とあり、さらに、
『(3)政治的、思想的意図のないものであること。』
と書いてあります。この基準は非常に曖昧だと感じます。


土佐電鉄のバスの車体デザインに限らず、表現に関わることでは、
造形美術家に対し「政治内容だから書いてある文字を取り外して展示してほしい」との要望
(東京都美術館(東京都台東区上野公園)で展示中の造形作品が政治的だとして、美術館側が作家に作品の撤去や手直しを求めていたhttp://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014021990070849.html)を出した、
(美術館側は「こういう考えを美術館として認めるのか、とクレームがつくことが心配だった」、とのこと)
などがあります。
この美術館の対応には、驚きです。
では、あの有名なピカソの「ゲルニカ」(「ゲルニカ」はスペインにある町で、ナチスによる空爆(空襲)を受けた)などは、反戦ということで「政治的」ではないのでしょうか?
どれが政治的かどれが政治的でないか、を家捜(やさが)しするような美術館は、
(ってか、その「家捜し行為」がすでに「政治的」だよ美術館)
美術館とは言えないのではないか、と私は思いました。

もう一度ちょっと戻って、
護憲PR電車中止 土佐電鉄「意見広告」批判受け
の記事から、
>昨年五月、市民から電話やメールで指摘を受け、
という部分、よく似ているのは、今年3月に山梨県山梨市で起こった、
「上野千鶴子氏講演会中止問題」です。
『市民から「問題発言の多い上野さんを公費で呼ぶことはおかしい」などの意見が複数寄せられ、』(http://sankei.jp.msn.com/life/news/140314/trd14031419010019-n1.htm)望月清賢市長が中止を決めましたが、
その後、講演中止は撤回され、講演は3月18日に行われました。

土佐電鉄の、
『昨年五月、市民から電話やメールで指摘を受け、』と、
山梨市での上野氏講演についての
『市民から「問題発言の多い上野さんを公費で呼ぶことはおかしい」などの意見が複数寄せられ、』
という動き、そっくりです。

表現を規制され始めたという「空気」を、私は最近特に感じ取っています。
(実際には、1990年代半ばのオウム真理教の事件辺りから始まっていたと思う)

そしてさらに、表現する側が萎縮する、ということを私は危惧します。

このブログに関しても、同じです。
違う意見を述べる、というのは構わないのですが、
「ブログそのものをやめろ」というようなコメントは、遺憾に思います。
なお、今はスパムが多くなっているため、
コメントは承認制になっています。
まとまりのない文章ながら、いつも読んでくださり、ありがとうございます。
これからも、よろしくお願いいたします。