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非寛容にはなりたくないし、排除もしたくない
2009年10月02日 (金) | 編集 |
9月30日の記事で私は「ホームレス対策のベンチ」が気になると書きましたが、
その続きです。


『NPO法人仙台夜まわりグループ』というNPO法人のHPの一部(2008年5月22日の記事)
をそのままコピーさせてもらいました。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::以下、転載します::::::::::::::::::::::::

(河北新報080521朝刊)
特集「不安社会」 
第5部:「管理の影」(2)ベンチの異変/ホームレス排除図る
<次々仕切り設置>
http://blog.kahoku.co.jp/anshin/2008/05/post-26.html

 公園や商店街など都市の公共空間から、寝そべることのできるベンチが次々と姿を消している。ホームレスを排除するためだ。
 仙台市青葉区の青葉通地下道は、噴水を囲む広場の大型ベンチに仕切りがある。昨年5月、関東から仙台にたどり着いた元ホームレスのトシオさん(59)=仮名=は、ゆっくり横になりたいという願いがかなわなかった。
 「ひもじく、みじめだった。でも、人に迷惑が掛かるから仕方ないかな」と、気持ちはさらに沈んだ。前月まで、家があり仕事もあった。「話したくない事情」で普通の生活を失った。そうなると世間は冷たい。ベンチまでもが、寝させてくれない。


 青葉通地下道のベンチに、最初に仕切りが付けられたのは1999年。ホームレスが95年ごろから寝場所に使い始め、段ボールや毛布を積み重ねて置くようになった。管理する東北地方建設局(当時)などに苦情が殺到した。
 「夜通るとき、怖くて不安」「見苦しいし観光の面でもマイナスだ」「食べ物が腐って異臭がする」。ホームレスの排除を求める声がほとんどだったという。


<「占拠させない」>
 寝そべることができないように仕切りを設置したのは、窮余の策だった。仙台西国道維持出張所は「特定の人がベンチを占拠することを、放置するわけにはいかなかった」と説明する。

 2000年ごろから、仙台市の中心部で、ベンチに仕切りを付ける動きが加速した。こうした排除の傾向に、ホームレスを支援するNPO法人「仙台夜まわりグループ」理事長の今井誠二さんは懸念を強める。「ホームレスの一部の人が迷惑をかけたことはあったかもしれない。しかし、ホームレスは好きでそこに居るわけではなく、それぞれ事情があって路上生活を強いられている。大多数は、人を押し分けるようなことができない弱い人たちだ」
 今井さんによると、ホームレスが、石を投げ付けられるなどの危害を受けるケースも多く、自衛のために居場所を選び、集団をつくるのだという。

<市民との溝象徴>
 ベンチに仕切りを設置する側も「対症療法的でホームレス問題の根本的解決にはならない」(市青葉区公園課)というジレンマを抱えながら、市民の苦情への対応を迫られている。

 自身も路上生活経験があるNPO法人「ワンファミリー仙台」事務長の新沼鉄也さんは「ホームレスを視界から排除すれば、問題が解決したと錯覚しがちだ。誰でもある日突然、ホームレスになる可能性があるという現実から、目をそらしてはいけない」と力説する。

 ベンチの仕切りは、ホームレスと市民との間にある溝を、象徴しているかのようだ。

◆強まる「不寛容」の風潮

 ホームレスを排除する形のベンチが全国で現れ始めたのは、1990年代前半だとみられる。

 東北大大学院工学研究科准教授の五十嵐太郎さんは、都市・建築デザイン学の観点から、公共空間での異変に関心を持ち、全国の排除型ベンチなどを写真に収めてきた。
 セキュリティーを過剰に求める監視社会について指摘した著書「過防備都市」でも、数多くの排除型ベンチの写真を紹介。「他者に対する不寛容の風潮が強まっていると思う」と警告する。

 1つの転換点は96年。東京都が、JR新宿駅西口の地下通路に「動く歩道」を設置する目的で、ホームレスが寝泊まりしていた「段ボールハウス」を撤去し、ホームレスの強制退去を図った。
 その後、段ボールハウスのあった場所の一部に設置されたのは、円筒形の先端を斜めに切った形のオブジェだった。
 排除型ベンチやオブジェの設置が進む傾向を、五十嵐さんは「みんなが気付かないうちに、本来自由であるべき公共空間に制限が加えられている」と危惧(きぐ)する。

 先日、東北大の1年生対象の基礎ゼミで「人の行動の自由を奪う環境デザインを写真撮影する」という課題を出した。学生たちは、自分の通学路や帰省先で撮った排除型ベンチなどの写真を発表した。
 学生からは「ベンチを占拠するのは良くないから仕切りはあった方がいい」という意見があった。一方で「ホームレスの人と話したらとてもフレンドリーだった。排除することに疑問を感じる」と語る学生もいた。

◆記者ログ/自立促す総合的ケアを
 仙台市社会課のまとめでは、1月の市内のホームレスは100人だった。市の調査でピークだった2004年12月の253人から、減少傾向だ。
 背景には、市やNPOなどの支援が進んだことがある。自立の準備をする各中間施設に計200人ほどが入所し、完全自立する人もいるという。
 だが、新たにホームレスになる人は後を絶たず、施設に入所しても再び路上生活に戻るケースもある。ホームレスは債務や障害、病気を抱えている場合が多く、高齢になると就労はますます困難になる。多重的な支援を必要としている。
 仙台夜まわりグループ理事長の今井さんは「自立に向けた職業・生活訓練などの総合的対策と、路上生活に陥りそうな境界線上の人たちへのケアも進めるべきだ」と訴えていた。(I)

【写真】ホームレスが寝そべることができないように、仕切りが付けられた青葉通地下道のベンチ
【写真】仙台市青葉区にあるホームレス対策のベンチ。いずれも後から仕切りを付けた。場所はサンモール一番町商店街(右)勾当台公園(左上)錦町公園(左下)

::::::::::::::::::::::::::::転載終わりです::::::::::::::::::::::::::


私は、ベンチを見て、何とも言えない気分になった・・。
これでは、「ホームレス」の人どころか、通行人に対しても「こんなところで寝るな」と
言っているようで。
「ホームレス」の人だって「ホームレス」である前に、あの通路の利用者でもあるはずだが・・・

例えば、介助が必要なお年寄りが付き添いの人と行動する場合、
あのベンチで一休みする場合、
あの仕切りは邪魔にならないのだろうか・・というのも考えたが・・。

山梨の電車は、座席が対面式で「ボックス型」の電車しか走っていないが、
東京方面に行くと、長いすである。3人なら3人、7人なら7人かけられるように、
微妙な具合で席が硬く、仕切られている。
隣に荷物を置いたり、足を広げて2人座れるところを一人で占拠しないように・・
ということだが、あの電車の長いすにそういう「仕切り」ができたときは、
確かに、7人がけなのに一人で二人分使ってる人もいるから、仕切ってあると
「ちょっと詰めてもらえませんか」と言わなくて済むからいいのかもしれないと思った。

でも、あのベンチはちょっとねぇ・・。そこまでするのか・・という。
例えば長いベンチが二つに仕切られていると、
片一方に一人(又は一組)、もう片一方に一人、という風に座るだろうな、と想像する。
すると、ちょっと間を空けても、本当なら3人座れるのに、
人間の「テリトリー」的に、二人しか座らなくなるのだろうか。
路上生活の人に寝そべらせない「対策」なのだろうが、これでは万人に不便ではないだろうか。
あのベンチには、「緊張感」を感じる。
排除の空気は、このようにして広がっていくのか・・。

人の心にもっと余裕があったら、駅の中をイライラしながら歩かずにいられるかな。
休んだり眠ったりするところがないから、路上生活の人は、
やむを得なくベンチを使っていたのだろう。
どこか、温かみに欠けるというか、「すごいねこのベンチ」というか。
たとえば私が子どもの頃には、見かけなかった光景・・・。



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