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あれから23年…岡田有希子さん
2009年04月09日 (木) | 編集 |
1986年4月8日、当時歌手だった岡田有希子さんが、ビルの屋上から飛び降り自殺した。
とてもショックを受けた。
でもその時は、自殺を決行した彼女がうらやましくも感じた。死ねば、悩むこともない。

私は高校に入学したばかりで(確か入学式の日だったような)、
それに、自分のクラスに同じ中学からの人が一人もいなくて、その心細さは半端ではなかった。

女子高校生特有の「キャピキャピ感」・・・私にはそういうものが全く、無かった。欠けていた。
高校へは当然、勉強をしに行っているんだけれど、そういう性格なのでクラスメイトとはなじめなくて、
毎日が苦痛で仕方なかった。
学校に行きたくなかった。(唯一、部活動が救いだった)

「学校に行きたくない」・・・そのように思ったのはそれまで、何度もあった。
というより、そう思う期間の方が長かった。(登校拒否していたら、今の生活はなかったのか、
それともあの時に自分を通しておけばよかったのか、たまに考える)

でも、「学校に行きたくない」なんて、私の家ではあり得なかった。
「最低でも高校だけは出て、女は大学なんか行かなくて、働けばいい」
それが、父の考え方で、母もそれに従っていた。
とにかくそこまで到達するまで、「学校に行きたくない」とは絶対に言えないな・・と思った。


岡田有希子さんの自殺から何日かして、飛び降り直後の遺体の写真が載った写真週刊誌が
売り出された。クラスメイトの誰かが、その写真週刊誌を持ってきた。
みんなで回し見した。私はその感想を言うことで、自分が喋る時間が出来たと思い、
彼女の遺体については、何も感じなかった。「楽になったんだな・・」と、やはりうらやましいと思った。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

つい最近・・・4月6日に、防衛省の24歳の職員の男性と、林野庁の36歳の女性が、飛び降り自殺した。
岡田有希子さんのことがすぐ、思い出された。

飛び降りた瞬間、この二人は、楽になったかもしれない。
今は、私は、「うらやましい」とは思えない。自殺なんて、と責めることも違う気がする・・。

高校入学・・それ以前からずっと周囲と馴染めない・・・そんな私はそれから十数年経ち、
自分のお腹の子と永遠に別れる経験をする。
それからも、もう楽になってしまいたい・・消えたい・・と思うことはあった。
でも、そんなことは許されないという思いに変わった。あの子のおかげで・・。
「子どもがいない」ということには今でも少し囚われているが、あの子への思いは感謝に変わった。


自殺という死に方で二人が亡くなってしまって、残念でならない。残念・・違う、もっと違う言葉。
今日も、自ら死を選ぶ人がいるかもしれない。
そういう人に向かって、掛ける言葉が見つからない。

「どうか死なないで・・」こんな言葉で届くだろうか。

ここから憂えていても仕方ないかもしれないが、憂える。
そんな心の状態を、悲しみを憂える。ただただ、憂える。

私は自殺はしなくても、いつか必ず、死んでしまう・・。
それだけは確かだ。




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