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降ってくる爆弾--遺体--繰り返される……
2009年03月09日 (月) | 編集 |
今日はこんな天気だからか、あまり気分的に調子が良くないんだけれど、
どうしても振り返らずにいられないことがある。
1945年3月10日の東京大空襲も、その中の一つだが・・その中の一つ・・ではないな。
特に振り返らずにいられないことだと思う。
世界中のどこかで、爆弾が落とされて人が死んだ、「テロ」が起きた、というニュースを聞くと、
東京大空襲のことを思い出す。

昨年3月にも、このことについて、書いた。
1年前も今と変わらず、だらだらと長い文章に、拙い文章なのですが・・・まだ読んでいない方がいたら、
もしお時間があったら、読んでみて下さい。

私の祖父のこと
東京大空襲のこと

昨年も書いたけれど、これは今の日本の国の中の「空気」、としか私には表現できないんだけれど、
段々、嫌な方向、良くない方向に向かっているような気がする。
だからというわけではないが、あの空襲で亡くなった死者のことを思わずにはいられない。
その一番の理由は、空襲直後の、悲惨でむごい遺体の写真を何度も見ているから。
母親と小さな子ども(赤ちゃんかな)の、黒焦げの遺体。母親の背中の、白い部分。この子を負ぶっていたのだろうな・・。
他の写真。これは東京大空襲ではなく他の空襲の時のものかもしれないが、黒焦げではないけれど着ていたものが焼けてしまって、ほとんど裸のような遺体。
ショックだったのは、遺体が積み上げられていて、足がカメラの方に向いていて、
女の人だ、と分かってしまった時。体を晒してしまっているこの遺体の人が気の毒で、何か掛けてあげたくてひど過ぎて言葉にできないのだが、そういうものに衝撃を受けた。

私が初めて、戦争で犠牲になった人の写真を自分から見たのは学校の図書館で、「フォークランド紛争」で亡くなった兵士の遺体。鉄条網のようなものに引っ掛かっている、顔と遺体の一部だったような気がする。
あの東京大空襲の写真は、記憶がないのだが最初は学校で、皆で見たのかもしれない。
また、今はそういう図書が学校にあるのかどうか分からないが、日本兵に虐殺された、多分中国人と思われる女の人の遺体も見た。

高校の時には、朝日新聞で連載されていた、読者からの戦争体験、証言--「戦争」を読んだ。
実際に戦地に行った人、空襲の中を逃げた人、中国人を殺してしまった人・・・。
「歴史」などではない、生々しい証言だった。
証言も生々しいのだが、写真では悲惨さがもっと伝わってくる。
(自衛隊の訓練の中には、悲惨な遺体を見る授業のようなものがあるらしい。そして、その合間に繰り返される厳しい訓練で、標的を撃つことも当たり前になり遺体を見ても何とも感じなくなるという。でも、イラクにいった隊員の自殺率の高いのが気になるが・・)

アメリカが自分で焼夷弾を落としながら撮った映像・・あれは、ものすごい量がばらまかれているのが分かる。でも、あの映像を撮った人は、飛行機のずっと下の地面にいる人が阿鼻叫喚の中にいることを想像できていただろうか。
多分NHKだったと思うが、あの時の「作戦」に参加した元米軍兵士が集まるという番組をちらっと見たことがある。あの母親と赤ちゃんの遺体の写真を、NHKの取材班から見せられ、(「・・baby」と言っているのが分かったが---表情は曇っていた)その中の一人は「あの時は仕方がなかった」「命令でやった」と、確か、そんなようなことを言っていた。

ちょっとまとまらない。後でまた書くかもしれない。



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