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記事「死刑は刑であるが、国家による殺人でもある。」への拍手コメント返信です。
2014年01月07日 (火) | 編集 |
2013年12月16日 (月) の私のブログ記事
「死刑は刑であるが、国家による殺人でもある。」
に、拍手でコメントを下さった方が、二人いました。

一人は、匿名の方。もう一人は、このブログのリンク先の、原田 正治さん。

拍手コメントは、一般のコメントと違い、「拍手ボタン」を押さない限り、
見ることができないです。
なので、この記事を書くにあたり、拍手コメントをブログ本記事に公開して、
引用して書きます。

■12月16日にくださったコメント内容。(文字色の部分)(匿名)
絶対、被害者の悲しみを抜きにして考えてはならないが、
死刑囚にも人権があるのも間違いない。


■12月29日に、原田さんがくださったコメント内容。(文字色の部分)
国家による、国家の為よる、如何なる理由があるにせよ、死刑執行は避けるべきだと思います。被害者遺族にとっても虚無感だけが残るだけだと・・・。

私が、16日投稿の匿名の方のコメントに引っかかったのは(こういうことを言う人は多いような気がしますが)、『絶対、被害者の悲しみを抜きにして考えてはならないが』という部分。
殺人事件には、被害者・そして被害者遺族がいるのは当然です。

ひっかかること、というのは。
法務大臣による死刑執行が成された時に死刑制度につての議論が高まる時など、必ずと言っていいほど、「死刑制度反対を訴える人」に対して、「では、被害者はどうなるのか」という、「吹っかけ議論」みたいな議論が起こることです。

殺された人、殺人未遂で苦しむ被害者(例えば、地下鉄サリン事件や秋葉原無差別殺傷事件のような)や遺族は、<「被告(殺人犯)が死刑判決を受け、国家によって死刑という刑になることを望むだろう」、「傍観者」の中には、そう見ている人がいるのだろうか。
上の匿名コメントの方の、
『被害者の悲しみを抜きにして考えてはならない』
というのはもちろんなのですが、

( ↓ 私は、(投稿者の文章が短いということもありますが)そういう風にも受け取りましたが)
【 被害者の悲しみを癒すのは、犯人を死刑にすること 】
と考えるのは・・ちょっと違うのではないかなと思います。
犯人が死刑にされたことで、気持ちの上でひと段落つく、
という遺族もいるかもしれない。それはあくまで、遺族です。
しかも、全員の遺族がそう思うとは限らない。
「犯人を死刑にしてほしくない」という遺族、「犯人と会って、なぜ殺したか、(秋葉の被害者のタクシー運転手など)なぜあのような事件を起こしたか知りたい」という被害者もいます。
被害者や遺族=犯人の死刑を望んでいる とは限りません。

そういう考えが、被害者遺族で犯人の死刑を望んでいない人を、
「遺族なのに死刑を望まないなんでおかしい」と、苦しめることになるのではないか。
「世間が求めるような『良い遺族』でいないとならないのか」と、
被害者遺族で苦しんでいる人もいる。

被害者や、被害者遺族は、心身に大きなダメージを受けることが多いです。
国は、「死刑は国民の支持」などと言わず、経済的心理的に、被害者・被害者遺族を徹底してサポートする必要があります。
なのに、国民がこの状態では、心もとない。
死刑が、「本当に被害者のため」になるのだろうか。

2013年12月16日 (月) の私のブログ記事
「死刑は刑であるが、国家による殺人でもある。」の続きでもありますが、
繰り返し。
死刑とは、国民が、国家によって殺されることです。


コメント
この記事へのコメント
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2014/01/07(火) 20:43:51 | | #[ 編集]
Re: タイトルなし
☆☆さん、いつもブログを読んでくださり、コメントもいただき、
ありがとうございます!

箇条書きのようなお返事になってしまいますが、すみません。

■裁判員制度についてですが、有罪か無罪かを決めるのは、裁判員による多数決ですよね。そのあたりは、自分の一票が人の生死を決める(死刑か無期懲役か)ことになった場合、相当なプレッシャー(私は裁判員に選ばれたくありません)を感じると思います。米国での陪審員制度は、全員一致した場合に決定ということです。

■☆☆さんは、「仇討ち制度の替わりに、死刑制度がある」、という風にお考えなのでしょうか?『多少なりとも法律を囓つたことがある者としては』とおっしゃるわりには、そんな風に考えているとは驚きです。(もっと違うかと思っていた)
ええっと・・
この記事では、私は「死刑とは、国民が、国家によって殺されることです。」と書いています。それへのコメントがこれ、ということは、国家によって国民が殺されることに賛成、と取ってもいいでしょうか。
被害者を救済することと、死刑という刑を存続させるのは、別に考えるべきでは?と、私は思います。

被害者の立場になって考えるのは、難しいです。
http://may23174.blog.fc2.com/blog-entry-14.html
私は、この記事は参考になりましたが・・。

あと、死刑に関する記事を過去に書かれていて、ご本人の記事はもちろん、コメントが参考になったことがあります。
こちら
http://blog.goo.ne.jp/midorimushi666/e/5f4da8e2931e630622094ae6148768e9
この中の、「shio」さんという方の(おそらく女性)のコメント と、
もう一つ、こちら
http://blog.goo.ne.jp/midorimushi666/e/e70d72e20dc33666d78b7ea47d1827d6
この女性は、路上で犯罪に遭いそうになった、という(コメント者本人は「怖かった」と言っている)経験をしていて、「死刑制度反対」についても、真摯にコメントを書かれています。

ぜひ、お読みになってみてください。参考になれば。
2014/01/08(水) 18:32:33 | URL | ゆうこ #-[ 編集]
8日に拍手コメントをくださった方へ。
「匿名」となっていますが、
12月16日にいただいた方と、もしかしたら同じ方・・でしょうか。(違っていたらすみません)
拍手コメント、ありがとうございます!
(16日のコメントは、かなり経ってから気がつきました。
すみません、今度はすぐに気がつきました)

『ただただ被害者、被害者家族が可哀そうだと思う事もこうとられてしまうのか→』
とありますが、
16日の無記名拍手コメントは、文字にして50字もありません。
また、普段私のブログを読んでいる人なのか、コメントをくれた方がどういう人なのか、全く情報がない中、しかも短い文章だと、記事にするまで数日ずっと考えていましたが(考えてこの程度か、と思われたらもうどうしようもないですが)、少ない投稿文字数の中で私が重視したのは、『絶対、被害者の悲しみを抜きにして考えてはならないが、』(12月16日)の、「絶対、」という部分です。では、【 被害者の悲しみを癒すのは、犯人を死刑にすること 】というのが、この方の言わんとするところではないかと推測・結論して受け取り、このように記事に書きました。(拍手コメントが「非公開」なら取り上げませんが)

死刑制度については以前読者の方からもコメントをいただいたり、友人ともやり取りをしました。しかしそれは、とても長い文章で、です。
「死刑制度について」という、問題が問題なので、短い言葉の応召になってしまうことだけは避けたい、という思いがあります。
ツイッターでもやり取りをする方がいて、平行線ではありますが、その人の見方というものが分かっているので、それなりに
得るものはあります。
ただ、無記名・匿名で短い文章では、受け取る方もかなり考えても限界があるということは、理解してもらえたら、と思います。
『難しいですね。』と結ばれていますが、その一言で終わらせず、もう少し長く書いてくださると、やり取りができたかもしれないですが・・。
どうもありがとうございます。
2014/01/09(木) 09:54:30 | URL | ゆうこ #-[ 編集]
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