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3月10日と3月11日
2013年03月10日 (日) | 編集 |
2013年3月8日付朝日新聞朝刊の「声」欄に、
写真版 東京大空襲の記録 (新潮文庫)
の著者の、早乙女勝元さんの投書が載っていました。

私は、この本をたまに手にとって見ますが、おそらく今回見るのは1年ぶりです。
3月10日の東京大空襲の惨禍、写真での記録はあまり残されていない、というようなことが記されていた記憶があります。
下は、早乙女さんの著書:「写真版東京大空襲の記録」の176,177ページの写真。
和光の時計台が切れてしまいましたが、映っています。銀座と思われます。
著書の中の説明文:焼け跡に佇むアメリカ人。左の人は報道関係者か
と、あります。
(この写真は、3月10日の空襲の後なのか、同年5月の空襲の後か、不明です。)
この著書には、犠牲になった市民の惨たらしい写真もあります。
P1010429_convert_20130310161311.jpg


下は、3月8日付朝日「声」欄の早乙女さんの投書。

----3・10と3・11 ともに心に刻む----

asahi 20130308

その中から、一部を抜粋して、紹介します。

=================(ここから)

 3月10日(1945年)の東京大空襲の後、下町地区は一望の焼け野原だった。当時私は12歳だったが、学校は丸焼け、勤労動員の工場も壊滅し、焦土をさまよっては、めぼしい物を拾う日々だった。
・・・・
大震災後の被災地では、いつになったら故郷の土を踏めるのか、全く見通しのない人たちが多いのに心が痛む。
 平和とは、3・11前まで、ごく平凡な日常だったのだ。それが一瞬にして非日常と化したのは、天災ではない。昨年、福島県南相馬市の被災地に立って何が収束かと呆れ、原発の再稼働・輸出の報にぞっとした。その気持ちは今も尾を引いている。
・・・・
=================(ここまで)

「天災」の部分はもちろんありますが、「人災」の面もありますよね・・。
特に、原発事故です。
まだまだ、続いています。
爆発して壊れた建屋や配管を、人間が被曝しながら撤去していかないとならないし、炉心の状態も分かっていない。まだらに飛び散った放射性物質は、「流通」で全国あちこちに広がってしまいました。
それで、再稼働・新規建設・他国に輸出と言っている政府。
「途方に暮れて」いる場合ではないですが、私はそういう気持ちにもなってしまいます。
ネガティブでよくないんだけど・・・


--------------------------------

「TVでた蔵」より全文転載。(ここから)==============

2013年3月9日放送 6:00 - 7:00 NHK総合
NHKニュース おはよう日本 (リポート)
東京大空襲が起きてから、明日で68年をむかえる。空襲孤児となった子供が高齢になる中、これまであまり語られて来なかった「苦悩」を語り継いでいこうという取り組みが始まっている。
東京大空襲で、空襲孤児で孤児となった子供が現在は高齢に。空襲孤児である星野光世さんは、同じような経験をした人を訪ね歩きながら、記録する取り組みを始めている。この日訪ねた永田郁子さんは戦争時、風呂敷1つで町を彷徨っていた。その風呂敷に入れて持ち歩いていたのは、空襲で死亡した家族の写真や手紙だった。そういう経験を絵に描いていく星野光世さん。
東京大空襲で、空襲孤児となった星野光世さんは、今日から東京・墨田区にある「すみだ郷土文化資料館」で、同じような経験をした人を訪ね歩きながら記録した、5人分の絵などを展示している。 「戦争の怖さ・愚かさ」が伝わればいいと話してくれた。
=================(ここまで)

http://datazoo.jp/w/%E5%A2%A8%E7%94%B0%E5%8C%BA%EF%BC%88%E6%9D%B1%E4%BA%AC%EF%BC%89/13943123

きのうの朝、私は偶然NHKニュースを見ていました。東京大空襲で親や家族を失った女性への取材です。

星野光世さんは、当時女学生くらいの年齢だったのだと思う。空襲で親を亡くし、姉妹3人で親戚の家を頼り、居たそうです。しかし親戚宅では「邪魔者」扱いで当時は辛かった、と言っていました。「でも、今考えてみると、孤児を預かることになった親戚も被害者だったんだ、と思うようになった」、と話していました。
星野さんは、親戚宅に居づらくなり、わずかな荷物を持って姉妹3人で親戚宅を出て道を歩いた体験も、絵にしていました。

また、星野さんが話を聞いた永田郁子さんは、大空襲で家族全員を亡くしたのだろうか、行く当てもなく一週間ほど神社に野宿したそうです。
ぽつんと一人、夜、神社にいる女の子の絵です。


東日本大震災で、津波で家族全員を失った女子高校生がいました。
彼女は、「かわいそう」とは思われたくない、と、明るく振舞っている場面をテレビで私は見たのですが、気が重くなり、言葉がありませんでした。
もちろん、明るい方がいいと思うけれど、
時には、わーーっと、泣いてもいいんだよと、声をかけたくなりました。

原発事故が原因で、牛舎の壁に「原発さえなければ」と書き残して自殺した酪農家の男性のことも、私は折にふれ思い出します。
思い出すのですが、思い出すたびに、どうしたら自殺しないで済んだのだろうかと思っても、無力感を覚えます。



コメント
この記事へのコメント
あれから2年なのに
 こんにちは、それとご無沙汰してます。

 東日本大震災及び福島第一原発事故から2年を迎えますが、復興も事故処理も進んでいないことにはやるせなさを感じると言うか、歯がゆくもなります。

 更地のまんまの跡地、片付かないガレキの山(一部の心ない受け入れ反対運動のせいもある)、痛ましい震災の記憶を象徴する手つかずの建物や打ち上げられた船、仮設住宅暮らしを強いられている被災者(いつになったら集合住宅建設計画が本格的にいくのか、高台確保が困難なことも影響しているか)、きりがありません。

 原発事故で帰るに帰れない被災者について、こう見ると原発は諸刃の剣なのだろうか・・・。
 その恩恵で景気を招いて、街の活性化を呼べば褒めまくるのに、事故が起これば厄介者よろしくクソミソに「原発なんかいらない!」と手のひらを返したように叩くんだから、両極端な面がありますね。

 あの時間、私は犠牲者に黙祷を捧げました。

 願うことは・・・「一日でも早く一人でも多く元の場所に帰して欲しい」「原発事故処理を早くして欲しい」「政府がホントに被災者のことを考えてるのなら復興に全力を出して欲しい」「現場第一主義と情報公開を徹底して欲しい」と。
2013/03/13(水) 13:52:31 | URL | アジシオ次郎 #-[ 編集]
Re: あれから2年なのに
>  こんにちは、それとご無沙汰してます。

☆アジシオ次郎さん、いつも訪問してくださって、
そしてコメントも、ありがとうございます!

>  東日本大震災及び福島第一原発事故から2年を迎えますが、復興も事故処理も進んでいないことにはやるせなさを感じると言うか、歯がゆくもなります。
>
>  仮設住宅暮らしを強いられている被災者(いつになったら集合住宅建設計画が本格的にいくのか、高台確保が困難なことも影響しているか)、きりがありません。

仮設住宅は、とても狭いみたいですね・・。快適とはいえないと思います。
復興のための費用が、「復興」という名目で全然関係のないところに使われていたり、
「絆」や「日本再起動」とか、掛け声ばかりで、
地震や津波で被災した人、原発事故の被害者が救済されていないです。
住宅の二重ローンの人も多いだろうに、早く何とかして・・と思います。

原発は、どこ(の国)もそうですが、建設して稼働した時点で、何万年単位で保管しないとならない核廃棄物が出ます。
チェルノブイリの事故、福島第一の事故、
それらの惨状を見ると、新たに建設したり輸出したりしてはならないと思います。
「原発さえなければ」と遺書を残し、自殺した酪農家の人がいましたが、痛ましすぎる。
そんな悲劇を起こさないためには、再稼働なんてあり得ないと思うのですが、
安倍首相はそうではない。
野田前首相もそうでしたが、国のトップの人の、人命軽視さ加減が甚だしく、
とても「美しい国」なんて言えたものじゃないです。

すみません。少し話が逸れましたが・・。


>  あの時間、私は犠牲者に黙祷を捧げました。

11日でちょうど2年経ち、メディアで津波の映像・画像を目にすることが多かったですが、
津波からの避難の方法も、各地で見直し・確立が必要だと思います。


>  願うことは・・・「一日でも早く一人でも多く元の場所に帰して欲しい」「原発事故処理を早くして欲しい」「政府がホントに被災者のことを考えてるのなら復興に全力を出して欲しい」「現場第一主義と情報公開を徹底して欲しい」と。

本当にそうだと思います。同感です。

アジシオ次郎さん、コメントうれしかったです。
ありがとうございます。
2013/03/17(日) 02:47:29 | URL | ゆうこ #-[ 編集]
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