家事専業。犬と猫が好きです。(・∀・)ノ ツイッターアカウントは、画面の下の方です。
  • 08«
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • »10
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


滝実法務大臣就任中、二回目の死刑執行
2012年09月28日 (金) | 編集 |
四国新聞社web版より。
2人の死刑執行、野田内閣7人目/福島の信者殺害など

朝日新聞デジタルより。
退任示唆の滝法相、2人の死刑執行 「駆け込み」は否定

今朝(9月27日)、二人の死刑囚に死刑が執行された、ということです。
朝日デジタルには、『国際的に執行停止や死刑制度の廃止を求める声が高まる中、2カ月弱で再び執行に踏み切ったのは、執行継続の強い意思を示したといえそうだ。』
という解釈がついてましたが、
そういうことは置いておいて、今はただ、私の感想を。

印象としては、死刑囚が「ボトボト落ちている」、ということ。
何が、「落ちている」のかと聞かれると、そうとしか、今は表現できないです。

グーグルの検索窓に「死刑囚 に」と入れると「死刑囚 人数」
「死刑執行 に」では「死刑執行 人数」で予測変換されます。

自分の心の中にも、「何人いるんだろう」という頭がある。
今、130人が「死刑執行待ち」です。

「ボトボト落ちた」、というよりも、「溜まっているから処分しないと」
という、印象です。これは、あくまで私の印象です。
で、また、新しい死刑囚が増えて、その分をまた、処分しないとならない。
そんなことを思っている人もいるかもしれない。
「死刑囚が溜まってしまって困る」、とか。

サイト:
「犯罪の世界を漂う」より。

死刑確定囚リスト(9月13日最終更新)

今回執行されたのは、
79番目の江藤幸子元死刑囚、81番目の松田幸則死刑囚。


「元刑務官が明かす 死刑のすべて」(坂本敏夫著・文春文庫)より、一部転載、引用。
====================================ここから。

p98
気の毒な死刑囚

 Kは無学で読み書きができず、知的障害と思える五十歳代の男だった。刑務所生活は通算で三十年。前刑は強盗殺人で無期懲役。その刑の仮釈放中に再び殺人を犯してしまった。
・・・・
 再犯受刑者が最後にたどり着いたのが死刑台!刑務官にとってこれほどに悲しいことはない。
 せめてもの願いは、Kに天国に行ってもらうこと。神に感謝しつつ安らかな気持ちで死刑台に上がってもらうことである。
・・・・
p99
死刑囚の特別な処遇とは
 死刑囚は特別な存在である。
・・・・
 法律では、死刑囚の処遇を被告人に準じるとなっているが、そんなに簡単に割り切れるものではない。生身の感情を持った人間を扱うのである。
 被告人の生活は一言でいうなら無味乾燥。三食昼寝つきで楽でいいという人がいたら、その認識を改めてもらおう。
 人間らしい生活とはいえないのだ。裁判をしている間は、少しでも刑を軽くしてもらおうと、考えたりやらなければならないこともある。
 しかし、それを取ったら何もない。仕事がないことは、普通の健全な人間だったら大いなる苦痛である。
「処刑を待つ死刑囚に被告人と同じ単調な生活はかわいそうだ!」
と考える拘置所長もいる。
 塀の外の人間に塀の中のことは絶対にわからない。塀の中には拘禁されている人の数だけ問題があり、人生がある。
 一部の獄中体験者の「お話」は何十万分の一の話なのだ。自分の犯した犯罪を棚に上げて、小社会である拘置所の規律やモラルを無視し、文句ばかり言っている人間と、犯した罪を反省し償わなければならないと思っている人間に対する取り扱いは、違って当たり前である。
 社会にいて好きなことをやって、好きなことを言える自称・人権家。法律や条約だけを念頭に「監獄の人権」と言っている弁護士や学者。かれらに拘置中の中の特別な存在、死刑囚の気持ちや、あれこれと気を遣っている心ある拘置所長の気持ちがわかるはずはない。

p101 
東京拘置所・死刑確定者処遇内規

 死刑囚を多数(2006年3月1日現在43人)収容している東京拘置所の死刑囚処遇の内規である。
(※第1条~23条まで、細かく記してあります)
 法律に書いていなければ、本来やらなくても文句は言われない。
 しかし、死刑囚が被告人と同じ生活スタイルではかわいそうだからと、所長が定めて運用している規定である。
 自由を奪われるという償いをしている懲役受刑者に認められていないこともあり、被告人以上に範囲を広げているものもある。
 これを読まれた皆さんが何を思ってくれるか? 私は拘置所が死刑の執行だけをする場所でないこと、言外に、でき得るならば死刑はしたくない拘置所の本音が書かれた内規であることを読み取っていただきたいと思う。

================================ここまで。(下線は私)

> でき得るならば死刑はしたくない拘置所の本音

・・・そうかもしれない。
死刑囚は拘置所が生活の場所で、刑務官は日常接するわけだから、死刑囚のいろいろな面を見ていて、いざ死刑執行となると、つらくて堪らない・・・そういう刑務官もいるでしょう。
私には想像することしかできない。

> 塀の外の人間に塀の中のことは絶対にわからない。

そうです。その通りです・・・。


そして。
死刑制度はこのままでよい(死刑制度存続派)の人の中には、
「死刑をなくして終身刑を最高刑にすると、その分、養わなくてはならずお金がかかる」とか、
「そんなこといったら、被害者はどうなるの?
死刑反対って言うだけなら簡単じゃん。
一番大変なのは刑務官でしょう」、と言う人がいますが・・・

よく考えてみて欲しいのです。

以前より死刑判決が増えて、そして、「永山基準」という言葉を使い、
「被害者のことを考えて厳罰化を」などと言う人を散見しますが、
(そういう人は、
「では被害者にはどういう支援をしたら良いか」を考えることはあるのだろうか)
被害者のことは、殺人を犯した人を単に死刑にすることとは離して考えるべきです。
(私も一時、テレビの「キャンペーン」めいたものに乗っかってしまったが、
その「被害者のことを考えて」の最たるものが山口光市母子殺害事件だったと思う。
もちろん私は、遺族の本村さんを批判しているわけではない。マスコミが扇動したのであって)

「厳罰化」は、私には「スピード処理」にも聞こえるんですよね・・。
この前の、「エスカレーター右空け」の記事にいただいたコメント返信に、
”同調圧力”で「永山基準」のことが頭に思い浮かんだので、それを書きました。

http://upishi.blog5.fc2.com/blog-entry-1874.html#comment3396

私が最近、死刑について書いた記事です。

死刑について---『死刑絶対肯定論』という本。(2102年6月6日)[2]

大阪通り魔・二人殺害される/自分一人だけで死ねばいいのに(2012年6月12日付け)

8月3日、二人に対し死刑執行(2012年8月4日)



コメント
この記事へのコメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2012/09/28(金) 03:07:58 | | #[ 編集]
Re: 死刑反対の考えはわかりますが
☆☆さん、コメントありがとうございます!

> 一方的かつ、中途半端な印象を受けます。

妹が私のブログを読んだというので感想を聞いてみたら、
「内容が偏っている」、と言われたことがあります。(3年くらい前です)
「一方的」というのも、そういうことなのかな・・。
けれど、きのうだったか、週刊文春の新聞広告で見た見出しが、
「中国をやっつけろ」、だったんですよね。
すごいです。
これは一つの例ですが、
「偏っていない」という表現媒体は、あり得るのでしょうか。
絵や小説なども然りだと思います。
一方的でないブログ・・・すみません、分かりません。
> ゆうこさんの考える、被害者に対してのケアとか、
> 仮に極論でも、なにか付けくわえたほうがいいと思う。

「中途半端」という面では、それを自分で気にかけたこともありますが、
「中途半端でいい」と言ってくださる方がいたので、私は、それでよし、
としています。
大事なのは、一般人目線での情報発信だと思っています。
だから、ブログというものを利用しています。

その辺、だから、「よく考えてみて欲しいのです。」 と、書きました。
読んでいる人へ投げかけた、ということです。

> この問題の時は、どうしても
> 引っ掛かります。なぜなら、原発の時と違って、
> 他人の影響が強いのか、情報に入り込んでしまって
> いるのか、考えの中に、考え抜いたはずの、
> ゆうこさん自身の考えが見えてこない。

そうですか・・・。
そう捉えるのは、☆☆さんの見解だと思います。

他人の影響は、間違いなく受けています。
ブログ記事で紹介した本や辺見庸の著書で死刑の様子を知り、
「知らなかった時の自分」ではなくなってしまいました。

『他人の影響が強いのか』??
そうですか・・。☆☆さんは私のこのブログ記事を、
そうとらえているのですね、としか、言いようがないです。
『原発の時と違って』、とありますが、それはないと自分では感じております。
原発問題も同じだと思いますよ。

> それは、反対の考えが先に立ち過ぎて、

そういう風に受け取る人もいると思います。
きのう、ツイッターで二人の死刑執行を知ったのですが、
死刑制度反対の立場をとる私は、
自分ですぐに、このことについて書かないと気が済まず、
「まとまっていなくて、論理的でなくて分かりにくい」
ということは、認めます。
そして、感情的であることも認めます。


死刑制度の問題について、非常に秀逸に(私とは比べものにならないほど)、
よくまとめてあるブログ記事を紹介します。
(「夕暮菜日記」の緑虫さん)

「また死刑執行」2009年01月31日
http://blog.goo.ne.jp/midorimushi666/e/817c241764c29d1240a75b7b0ed2681a

「死刑制度について」2009年02月27日
http://blog.goo.ne.jp/midorimushi666/e/5f4da8e2931e630622094ae6148768e9

分かりやすいです。ぜひ、読んでみてください。

そして、できれば☆☆さんも死刑制度に関心があるならば、
ブログで書いてみてはいかがでしょうか。

☆☆さん、ありがとうございます。
2012/09/28(金) 18:39:38 | URL | ゆうこ #-[ 編集]
不愉快にさせて申し訳ございません
表示されないコメントで、なおかつ、
私の方が一方的なコメントのようでした。
不愉快な思いをさせて申し訳ございません。

私は学問的な事はわかりませんが、
死刑の執行は、復讐をしたい被害者家族ではなく、
縁もゆかりもない刑務官が、死刑を執行し、
その後の遺体も抱きあげなければならないそうで、
それは、どう考えても、よくない事だと思います。
ですから、ブログでも書きましたが、現在、死刑が
国の最高の厳罰として、認められているならば、
国の上級の責任者が、それらを行うべきだと私は思います。

そして、おそらく、確率は低いだろうが、
ないとは言えない、冤罪の可能性。
やはり、そういう意味でも、死刑はない方がイイと思います。

ただし、犯罪と言うのは、加害者と被害者があって
成立するモノで、それらを切り離して考えることに私は反対です。

そのため、死刑廃止案と、被害者、その家族への対処方法
の確立は同等の扱いだと、私は思っています。
それを切り離しての、ただの死刑反対は、表面的なような
感じがします。ひょっとすると、死刑さえ廃止になれば、
あとは知らない、ともなりかねません。

そして、その家族の精神的な負担はどうするべきか?
カウンセラーで解決するのか、国が賠償金を出すのか、
あるいは、最悪の案としては、加害者の更生・改心を
信じて、諦めてもらうのか。
いまのところ、私はこの3つぐらいしか考えられません。

ところで、その事について、多くの死刑反対を
主張する人達はどう考えているのでしょうか?

確かに、「エスカレーターの右あけ」とか、
「いじめ」(「究極のいじめが死刑」だそうです)とか、
世の中の風潮と死刑、厳罰は結びつくのかもしれません。

でも、死刑反対の一方で、私は、被害者家族のケア、
加害者の更生、殺人事件をどう減らすかを、まず、
それらを考えて欲しいし、その考えを聴きたかった。
残念ながら、ほとんど同じ理由の死刑反対の正当性は
目にしますが、その辺の事を見かけません。
みんな、我こそ、正しいというのはわかりました。

私は、無職無学の一般人なので、
ネットの情報や、有名文化人の考えには興味はないです。
自分が、被害者だったら、その家族だったら、
友人だったら、あるいは、加害者だったら、その家族だったら、
もし第三者としてその現場にいたなら、刑務官だったら、
どうなのか、とその立場で考えます。
時に、その現場に立って考えることもあります。

私のコメントは、ゆうこさんやその仲間の考えに比べたら、
凄く幼稚で、また、不愉快にさせたと思います。
また、私のブログの内容にも、コメントで、そう感じているのも
察しております。義理は結構ですので、リンク・ブログ、
ツイッター画像等、外してください。

とはいえ、ゆうこさんの望む、脱原発の運動、死刑廃止の運動、
陰ながら応援します。そして、人に伝える、賛同してもらう
難しさ、大切さもわかってください。では!

表示されないコメントで、なおかつ、
私の方が一方的なコメントのようでした。
不愉快な思いをさせて申し訳ございません。

私は学問的な事はわかりませんが、
死刑の執行は、復讐をしたい被害者家族ではなく、
縁もゆかりもない刑務官が、死刑を執行し、
その後の遺体も抱きあげなければならないそうで、
それは、どう考えても、よくない事だと思います。
ですから、ブログでも書きましたが、現在、死刑が
国の最高の厳罰として、認められているならば、
国の上級の責任者が、それらを行うべきだと私は思います。

そして、おそらく、確率は低いだろうが、
ないとは言えない、冤罪の可能性。
やはり、そういう意味でも、死刑はない方がイイと思います。

ただし、犯罪と言うのは、加害者と被害者があって
成立するモノで、それらを切り離して考えることに私は反対です。

そのため、死刑廃止案と、被害者、その家族への対処方法
の確立は同等の扱いだと、私は思っています。
それを切り離しての、ただの死刑反対は、表面的なような
感じがします。ひょっとすると、死刑さえ廃止になれば、
あとは知らない、ともなりかねません。

そして、その家族の精神的な負担はどうするべきか?
カウンセラーで解決するのか、国が賠償金を出すのか、
あるいは、最悪の案としては、加害者の更生・改心を
信じて、諦めてもらうのか。
いまのところ、私はこの3つぐらいしか考えられません。

ところで、その事について、多くの死刑反対を
主張する人達はどう考えているのでしょうか?

確かに、「エスカレーターの右あけ」とか、
「いじめ」(「究極のいじめが死刑」だそうです)とか、
世の中の風潮と死刑、厳罰は結びつくのかもしれません。

でも、死刑反対の一方で、私は、被害者家族のケア、
加害者の更生、殺人事件をどう減らすかを、まず、
それらを考えて欲しいし、その考えを聴きたかった。
残念ながら、ほとんど同じ理由の死刑反対の正当性は
目にしますが、その辺の事を見かけません。
みんな、我こそ、正しいというのはわかりました。

私は、無職無学の一般人なので、
ネットの情報や、有名文化人の考えには興味はないです。
自分が、被害者だったら、その家族だったら、
友人だったら、あるいは、加害者だったら、その家族だったら、
もし第三者としてその現場にいたなら、刑務官だったら、
どうなのか、とその立場で考えます。
時に、その現場に立って考えることもあります。

私のコメントは、ゆうこさんやその仲間の考えに比べたら、
凄く幼稚で、また、不愉快にさせたと思います。
また、私のブログの内容にも、コメントで、そう感じているのも
察しております。義理は結構ですので、リンク・ブログ、
ツイッター画像等、外してください。

とはいえ、ゆうこさんの望む、脱原発の運動、死刑廃止の運動、
陰ながら応援します。そして、人に伝える、賛同してもらう
難しさ、大切さもわかってください。では!

>できれば☆☆さんも死刑制度に関心があるならば、
ブログで書いてみてはいかがでしょうか。

いろいろ書いているのですが、お伝えできなくて、
残念でしたね。
2012/09/29(土) 07:10:09 | URL | ☆☆うご #-[ 編集]
なぜか
なんか、記事が二重になってしまいましたね。
とういことです。
2012/09/29(土) 07:14:00 | URL | ☆☆うご #-[ 編集]
うごさん、コメントありがとう!
> 表示されないコメントで、なおかつ、
> 私の方が一方的なコメントのようでした。
> 不愉快な思いをさせて申し訳ございません。

いえいえ、コメントは、いつでも誰でもどんな記事でもOKです。
全然、構わないです。OKです!


> 死刑の執行は、復讐をしたい被害者家族ではなく、

被害者家族は、復讐をしたい人ばかり、なのでしょうか?


> ブログでも書きましたが、現在、死刑が
> 国の最高の厳罰として、認められているならば、
> 国の上級の責任者が、それらを行うべきだと私は思います。

そうですね。それは私も、同感です。


> そして、おそらく、確率は低いだろうが、
> ないとは言えない、冤罪の可能性。
> やはり、そういう意味でも、死刑はない方がイイと思います。

冤罪で死刑になったのでは・・・と疑われる人は、いると思いますね・・。
死刑ではないですが、現に、足利事件の菅家さんは、無罪でした。


> ただし、犯罪と言うのは、加害者と被害者があって
> 成立するモノで、それらを切り離して考えることに私は反対です。

うーん・・・なるほど・・。

> そのため、死刑廃止案と、被害者、その家族への対処方法
> の確立は同等の扱いだと、私は思っています。
> それを切り離しての、ただの死刑反対は、表面的なような
> 感じがします。ひょっとすると、死刑さえ廃止になれば、
> あとは知らない、ともなりかねません。

私が思う「表面的な死刑反対」とは、
とても有名な例を挙げると、山口母子光市殺害事件の、
安田弁護士のような人です。
元少年が「殺す意志がなく、被害者を誤って死なせてしまった」という方向に持って行きたがっているのが明らかに分かりました。そういうやり方には同意できません。
それこそ、まず死刑反対ありき、です。(だからといって懲戒請求かけた橋下さんは論外だが)
うごさんがいいたい、「表面的な死刑反対」とは、そういうことなのかな。


> そして、その家族の精神的な負担はどうするべきか?
> カウンセラーで解決するのか、国が賠償金を出すのか、
> あるいは、最悪の案としては、加害者の更生・改心を
> 信じて、諦めてもらうのか。
> いまのところ、私はこの3つぐらいしか考えられません。
>
> ところで、その事について、多くの死刑反対を
> 主張する人達はどう考えているのでしょうか?

ええと・・・ちょっと待って下さいね・・。


> 確かに、「エスカレーターの右あけ」とか、
> 「いじめ」(「究極のいじめが死刑」だそうです)とか、
> 世の中の風潮と死刑、厳罰は結びつくのかもしれません。
>
> でも、死刑反対の一方で、私は、被害者家族のケア、
> 加害者の更生、殺人事件をどう減らすかを、まず、
> それらを考えて欲しいし、その考えを聴きたかった。
> 残念ながら、ほとんど同じ理由の死刑反対の正当性は
> 目にしますが、その辺の事を見かけません。
> みんな、我こそ、正しいというのはわかりました。

『みんな、我こそ、正しいというのはわかりました。』?ですか・・・。
うごさんのように思う人もいるかもしれません。
現に、うごさんはそう思っているのですよね。

一気に突っ込まれてしまい(でも、いいんですよ、気にせずに)、
どこから答えていいのか・・ちょっと考えたのですが・・・
私はブログになぜ死刑制度のことを書くかというと、「触れたがる人が少ないから」、
ということがあります。
そして、もちろん、うごさんおっしゃるように被害者や遺族のことにまで及んで全てをカバーして論ずることができれば、それが理想ですが、
そこまでする時間が取れない、というのはあります。
だから、言い訳ですが、
「自分のできる範囲で」「自分が思ったことを」となってしまいます。


> 私は、無職無学の一般人なので、

よく分からないのですが、なぜここで、死刑制度について関係のない「無職無学」が出てくるのでしょう...。
私もそうですよ。無職で無学です。吉本隆明さんも知らなかったくらいです。


> ネットの情報や、有名文化人の考えには興味はないです。

そうですか。
ネットの情報は、私は、参考にしています。
けれど、自分と全く同じということはないので、参考までにとどめておきます。
ある人が言った言葉がすべて、という考え方は、私はしません。


> 自分が、被害者だったら、その家族だったら、
> 友人だったら、あるいは、加害者だったら、その家族だったら、
> もし第三者としてその現場にいたなら、刑務官だったら、
> どうなのか、とその立場で考えます。
> 時に、その現場に立って考えることもあります。

私は、以前は、「人を殺したのだから死刑になるのは当たり前だろう」と思う、死刑制度存続派でした。なぜ、いちいち、反対する人が出てくるのかが分からなかったのです。

しかし、有名文化人の「考え」「持論」よりも、「死刑囚はこのようにして殺される」「首が切断されることもある」「車椅子生活になった死刑囚を刑務官が支えて絞首刑にする」という、有名文化人やネットで知った情報に、自分が、衝撃を受けて、死刑制度反対に転じた、ということです。

ある時思い浮かびました。自分が遺族や被害者になること、傍観者でいることは想像できても、じゃあ、「自分は人を殺さないのか?」と。
人を殺す可能性がないとは言い切れないと思いました。


> 私のコメントは、ゆうこさんやその仲間の考えに比べたら、
> 凄く幼稚で、また、不愉快にさせたと思います。

いえいえ、この前いただいたコメントは「ああ、そういう考えもあるな」と、
受け取りました。
しかし。うごさん・・・
『ゆうこさんやその仲間』の、『仲間』が引っかかりました。
もしかしたら、例えば「仲間」とは、私がこれを読んでみてくださいとリンクした、夕暮菜日記の緑虫さんのような人のことでしょうか?
私が今までの人生の中で「仲間」と言えるのは、4年半勤めた職場での同僚7人のみです。
例えば、原発再稼働や新規建設に反対する、私と同じ考えの人に対しても、私は彼らを「仲間」と思ったことはありません。あえて言うとすれば、「同志」ですかね・・・。

「仲間」という言葉は、私は普段使わないし、あまり好きではないです。
「仲間」とは、あまり良い意味ではなく使われることもありますよね・・・
それが気になりました。
うごさんのこのコメントの『仲間』には、そういう雰囲気を感じ取ってしまいました。
(例えば、同じ反原発の中でも原発国民投票などをめぐり、「あの人は推進派の仲間・・」といったような表現が見受けられましたが、そういう意味で)
私は、『ゆうこさんとその仲間』などと言われるのは、心外です。
例えば緑虫さんに対しては、心の友人だと思っています。
緑虫さんとは、原発国民投票の面では意見は多分私とは違いますが、
それでも、原発反対/食べて応援には反対、というところでは同じなので、
友人だと思っています。仲間ではなく、友人、です。

というか、すみません、緑虫さんのブログ記事は「死刑制度についてとても分かりやすく書かれている」という部分が大事で、それで紹介したのです。
今のこのコメント欄は『ゆうこさんとその仲間』というより、
私とうごさんとのやり取りではないのですか?


> また、私のブログの内容にも、コメントで、そう感じているのも
> 察しております。

えっ・・?何を、だろう?すみません、分からないです。
話してくれないと分かりません。


> 義理は結構ですので、リンク・ブログ、
> ツイッター画像等、外してください。

私は、義理は苦手なので(例えば、親戚間での「お返し」とか。友人は除く。友人には義理で「お返し」ではなく、自分が何をしたら喜んでくれるか考えるのが楽しみで)
うごさんのブログを義理でリンクしているなんていうことはないです!
このブログはいいなぁと思ったら、リンクします。勝手にリンクし続けます。リンクしてくれていても更新がなかったり、更新がなくて交流がないと、向こうが私のブログをリンクしてくれていても、外します。リンクしてくれていると分かっていても、自分はリンク返しをしないこともあります。
リンクについては、そんな適当な感じです。

まって、うごさん、
ちょっと死刑に関して考え方が違うから、もうダメなのでしょうか?
そんなのは寂しいですが・・・。
ツイッターの画像は、何よりも自分が気に入っているし、フォロワーさんからも
「いいね」と言われたので、来年の春までは(いつも春に変えているので)、
使おうと思っています。

ただ、うごさんが私に、「もうリンクを外して欲しい」と言う場合は別です。
ツイッター画面も同様に。
そう思ったら、遠慮なく言ってください。
(以前リンクしていた人で、その人がブログをやめたのに寂しいからとずっとリンクしたままにしておいたら、「すみません。ありがたいのですが外してくださいw」(原文のまま)と連絡があり、「ああそうか・・」と思い、外しました)

> とはいえ、ゆうこさんの望む、脱原発の運動、死刑廃止の運動、
> 陰ながら応援します。そして、人に伝える、賛同してもらう
> 難しさ、大切さもわかってください。では!

『わかってください』?
そうですか・・ありがとう・・・。


『> >できれば☆☆さんも死刑制度に関心があるならば、
> ブログで書いてみてはいかがでしょうか。 』

  ↑ すみません、これはこの前私がうごさんに書いたコメント返信ですよね。
なんだか、まるで捨て台詞のようで非常に見苦しいというか、
ブログ記事を読んでいたのに、すみません、こんなことを書いてしまいました。
これは、素直に謝ります。ごめんなさい。


> いろいろ書いているのですが、お伝えできなくて、
> 残念でしたね。

http://kaizokusha.blog57.fc2.com/blog-entry-231.html

http://kaizokusha.blog57.fc2.com/blog-entry-55.html

http://kaizokusha.blog57.fc2.com/blog-entry-83.html

特に、この三つの記事はブックマークに入れて、繰り返し読みました。
永山則夫が小説を書いていたのを知ったのも、うごさんのブログで、です。

すみません、長くなりましたが、これに懲りずに、
もしよかったらこれからも、うごさん、よろしくお願いします。
2012/09/29(土) 18:28:06 | URL | ゆうこ #-[ 編集]
映画「休暇」の感想
私が死刑について考えたのは後にも先にも映画「休暇」についてWeb発信をした時だけです。
http://ictkofu.xii.jp/art/eiga_kyuka2008.htm
山梨ロケの映画 『休暇』、紹介ページ
そして、鑑賞後のブログ記事は、
http://ictkofu.blogzine.jp/kofu/2008/04/post_129d.html
2008.04.25 「休暇」から死刑制度を考えさせられた

ここに書いた想いは今でも同じです。
法制度には無知ですが、「死刑」は残したまま「終身刑」を法制化する。
そういうシステムの変更から始めるのがよいだろうと思っています。
死刑存続か廃止かという二者択一論を私は避けます。
「終身刑」が制定された後で犯罪と裁判と国民の考え方がどう変化するか、しないか、それを見極めて、また一歩先に進める、そういう考え方を私はしたい。
2012/09/29(土) 21:56:41 | URL | ictkofu #Il.JVJcE[ 編集]
これで最後にしますが
すいません。リンクした記事、それは違います。
ただの本の紹介です。そこには何も書いていません。
私の書いているのは別の媒体です。

それと、コメントについて、またまた嫌な思いに
させてすいません。どのようにも突っ込んでも
かまいません。そのコメントは考えの一部ですが、
私の考えに違いはありません。

私は、重要な問題に関して、誰でもしていることですが、
できるだけ引用を避け、自分の頭で考え、自分の言葉で
綴っていますので、ヒドイ表現、文章なるのは常、
申し訳ないです。

ちなみに、ictkofuさんの意見には私は賛成です。
また、表現が悪いと言われるかもしれませんが、
法制度も、試さないとわからない、その繰り返しです。
ただ、これは極論になってしまいますが、
私は、死刑を廃止するのは簡単だと思います。
以前のように、執行しないというやり方もあります。

やはり難しいのは、その前の段階、
いかに、死刑判決がでるような犯罪を少なくするか?
それは犯罪そのものでもかまいません。

殺人の件数、割合は、犯罪白書を見れば、
毎年、だいたい同じです。そして、それは、
少ないと言えば少ないように思え、頑張れば、
かなり減らせるようにも思うのですが、
一方で、もう減らせない絶対数なのか。
私には判断付きません。

ともかく、このあたりの犯罪を減らす考えは、
専門家でなくても、みんなで日頃、出しあえば、
良い方法は、きっとあると私は思っております。

変なコメントしたばかりに、迷惑かけてしまって、
本当にすいませんでした。
2012/09/29(土) 23:09:33 | URL | ☆☆うご #-[ 編集]
ictkofuさん、コメントありがとうございます!
☆おはようございます。
今日も暑いでしょうか。台風が来ていますね。

> 私が死刑について考えたのは後にも先にも映画「休暇」についてWeb発信をした時だけです。
> http://ictkofu.xii.jp/art/eiga_kyuka2008.htm

> http://ictkofu.blogzine.jp/kofu/2008/04/post_129d.html

二つの記事とも、読ませていただきました。

> 法制度には無知ですが、「死刑」は残したまま「終身刑」を法制化する。
> そういうシステムの変更から始めるのがよいだろうと思っています。

法律的なこと(や「世論」など)を考えると、多分、一気に死刑をなくすなどというのは無理なような気がしますね・・確かに。

> 死刑存続か廃止かという二者択一論を私は避けます。
> 「終身刑」が制定された後で犯罪と裁判と国民の考え方がどう変化するか、しないか、それを見極めて、また一歩先に進める、そういう考え方を私はしたい。

なるほど・・。
裁判員裁判が始まった後、死刑判決が増えているのか横ばいなのか減っているのか、ちょっとやそっと調べただけでは定かではないのですが、「日本人の8割は死刑制度存続派」と言われていますが、裁判員に選ばれていざ重大事件の裁判となると、どういう判決がもっとも望ましいのか、悩む人は多いようです。


----滝法相「死刑廃止、国民に遠い存在。どこまで国民の皆さんの理解を得られるか」 http://blog.goo.ne.jp/kanayame_47/e/1b20cddd426a895c62dae6403afd8c78 … 【来栖宥子★午後のアダージォ】より。-----

と、滝実法務大臣は死刑執行翌日の28日に、
-----政治主導で死刑制度について国民的議論を起こすことは「限界がある」と指摘。現在、日本弁護士連合会が死刑廃止検討委員会を設置して取り組んでいることについて「どこまで国民の皆さんの理解を得られるかということだと思う」と述べた。-----

ということなんですね・・・。
裁判員が悩むにもかかわらず、まるで他人事のようです。
いかにも、官僚的だなぁというか、政府は、尖閣諸島問題のようなことには真っ先に取り組む割には、こういうことは「棚上げ」?と、がっかりしました。

それで、刑の執行方法についても、絞首刑ではなく薬物注射の案も出たらしいのですが、
「失敗例もある」ということで、見送りのようです。
要するに政府は死刑制度を変える気はないし(もっとも、これをやってしまうとかなりの「変革」ということになり、(私も「死刑」の法律関係で省庁やどういうこととつながっているのか、考えつかないのですが)きっと都合の悪いことがあるのだと想像します)、現状のまま、死刑を執行し続けるというスタンスだということは言えると思います。

ictkofuさん、映画「休暇」の記事の紹介ありがとうございます。
そうですよね・・これ見なきゃ、です。
ありがとうございます!
2012/09/30(日) 06:34:17 | URL | ゆうこ #-[ 編集]
Re: これで最後にしますが
うごさん、コメント返信は記事で書きました。

> すいません。リンクした記事、それは違います。
> ただの本の紹介です。そこには何も書いていません。
> 私の書いているのは別の媒体です。

(これよく分からないのですが・・・「これで最後にしますが」とあって、
別の媒体の話を??他にブログなんかがあるとかそういう意味かな・・。
リンクした記事には、うごさんの考えが書いてあると思ったのですが・・)


> それと、コメントについて、またまた嫌な思いに
> させてすいません。

いえ、嫌な思いというよりも、
「意外と自分はきちんと考えていなかった」ということに気づく、
よいきっかけでした。

> 変なコメントしたばかりに、迷惑かけてしまって、
> 本当にすいませんでした。

いえいえ、そんなに謝らないで下さいね。
コメントは大歓迎です。
ありがとうございます。
2012/10/01(月) 00:20:16 | URL | ゆうこ #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック