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3.11 その時観光客は
2012年03月20日 (火) | 編集 |
昨年3月11日の東日本大震災の際、観光客がいたはずだ、と思いました。
河北新報が伝えていました。紹介します。

※訂正です。「河北新聞社」と書いてしまいましたが、正しくは「河北新報社」
です。申し訳ありません。

転載ここから。===============

河北新報社 ドキュメント大震災

(2011年05月30日)
その時 何が(15)ツアー客生還(岩手・大槌―秋田・五城目、井川)

◎宿泊客の命、最優先/ホテル社長、今も不明

 岩手県大槌町にバスツアーで訪れ、震災に遭った秋田県五城目町と井川町の老人クラブの会員ら43人が3月13日、バスで無事、帰還した。滞在先のホテルから従業員の誘導で高台に避難。集会所で2晩を過ごし、着の身着のまま、直線で約170キロ離れた地元にたどり着いた。

 「来た、来た」
 3月13日午後3時半ごろ、43人を乗せたホテルのバスが見えると、五城目町役場に集まった家族が声を上げた。バスから降りた人に駆け寄り、泣いて抱き合った。
 43人は大槌町の宿泊先「浪板観光ホテル」のはんてんを羽織ったり、ボロボロになったスリッパを履いたりしていた。五城目町の猿田利美さん(79)は「おかげさまで全員が無事に帰ってこられた」と声を詰まらせた。
 ツアー客42人と行動を共にした添乗員新井治子さん(52)は「全員が助からないと意味がないと思い、必死だった。五城目の山を見て涙が止まらなかった」と話した。

 3月11日の地震発生時、ツアー参加者はホテル地下1階の劇場にいた。芝居が終わり、歌謡ショーに入った時、強い揺れに襲われた。「避難、避難!」。従業員や新井さんの大きな声が響いた。
 駐車場に出ると、津波を知らせる警報音が鳴った。猿田さんは海の水が引くのを目にした。「みんなで津波を見てみようか」。海に面しない五城目、井川両町。経験がないだけに悠長なことを言っていたという。「高台へ上がれ」。従業員らの指示に慌てて従った。
 少し高い国道に上がり、さらにJR山田線の線路を横切って山を登った。浴衣にスリッパ姿の人が多く、滑り落ちる仲間もいた。最高齢は88歳。「引っ張れー」と声を掛け合って引き上げた。
 ホテルは津波で地下1階から2階までが浸水した。43人は避難所の集会所に移動。地元の人に食料や毛布、衣類などの提供を受け、しのいだ。
 五城目町役場がツアー客の安否不明を知ったのは、翌12日午前10時ごろだ。震災の会議後、両親がツアーに参加していた課長が「個人的な話だが…」と切り出した。
 大槌町で甚大な被害が出たことは伝わっていた。「まさかうちの町民が大変なことになっているとは思わなかった」と渡辺彦兵衛町長。
 連絡が取れたのは13日午前9時50分ごろだった。ツアー参加者がバスで秋田に戻る途中、盛岡市内で携帯電話が通じた。

 2カ月半後の5月24日、五城目町で「浪板観光ホテル」の従業員を招いた交流会が開かれた。避難所暮らしを続ける従業員もいるため、1泊2日でゆっくりしてもらおうと、町などが企画した。
 「町民を守ってくれた」。五城目町にはホテルや大槌町への感謝の気持ちが強い。「従業員らのおかげで1人もけがなく、災難から逃れられた。避難所でも周りの人たちが一生懸命支えてくれた」と猿田さん。4月には渡辺町長が大槌町に足を運び、義援金や救援物資を渡している。
 交流会では、ホテルの営業部長小国正裕さん(53)が壇上に立ち、山崎龍太郎社長(64)が「自分よりお客さまを優先するように」と指示していたことを紹介した。
 大槌町には3月9日の地震で津波が来た。山崎社長は翌朝、避難誘導の徹底を命じたという。
 その山崎社長は今も行方不明のままだ。ホテルではあの日、約60人の客は無事だったが、従業員2人が死亡、社長のほか、若おかみら2人が行方不明となった。
 山崎社長は、1階ロビーにいた姿が目撃されている。「最後まで逃げようとしなかったのでは」と小国さん。
 渡辺町長は「客の命を最優先してくれた。感謝の言葉しかない」と語った。(鈴木拓也)

2011年05月30日月曜日

=========================転載ここまで。

私は山梨県民で、海には危機感が無い・・・といっても、過言ではありません。
これから、もしもどこかへ旅行する機会があり、
たとえば静岡の海辺などで大地震に遭遇したら、津波を恐れて逃げることができるだろうか。
その時になってみないと分からない・・としか言えないです。

十何年も前に気仙沼へ車で旅行したことがありますが、地元の居酒屋へ行きました。
山と海が混じった場所・・というのは記憶しています。
あの居酒屋は、海に面していました。


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2012/03/23(金) 04:42:36 | | #[ 編集]
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