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夜中の三時に
2011年12月14日 (水) | 編集 |
★mitsuakick★さん(@mitsuakick)は、「反戦と暴力に抗う立場を貫いている」人です。(下線:この前コメントにいただいた、青い鳥さんの言葉をお借りして)

この方の、12月8日の、気になったツイートを紹介します。

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★mitsuakick★
■12月にはいって、急に、3月11日からの数週間の日々、混乱、整理できないままTVで震災と原発事故のシーンを見てるような情景が、繰り返し繰り返し頭の中に湧き上がる。頭から離れない。どういうことなのだろう。

■原発への、電力会社への、政府への、マスメディアへの怒りがある。けど、福島浜通り、福井の若狭湾、田ノ浦、、、などへ押し付ける仕組みの中に生きてきたことへのやるせなさ、自分への怒りのような感情がある。それは自分が引き裂かれるような感情。今も引き裂かれ続けている。

■引き裂かれた自分のもやもやした感情を、的確に表現してくれる文学も、音楽も、詩にも、論文にも、映像にも、デモにも、僕はまだ出会えていない。埋めようのないもやもやが、今もある。安直な優しさは残酷だ。しょうがないというあきらめは悲惨だ。では、どんな言葉がそこにありえるのか?

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

太文字にした部分、分かるような気がします。
ちょっと違うけど、私は亡き母が最初の抗がん剤治療で東京に入院していた時、「何か支えになるものを」と、必死で本屋さんで本を探していた時がありました。詩集とか。
それらは一時的には私の心を落ち着けてくれたものの、結局自分自身で向き合うしかなく、その「こらえ感」が辛かったです。今もまだ、もやもやしたまま。

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話は戻って。
向かう相手は大きすぎます。
「国民の幸福の追求を忘れている」「国民を国家の道具にしている」日本政府です。
しかし、「敵」はそう明確とは限らない。
「食べて応援」だの「早く福島に戻って住めるように除染しよう」だの「体調不良の原因は内部被曝の影響ではない」だの、一見、「善良で人々に笑顔をもたらしそうな」ことを良しとして、事故で出してしまった大量の放射性物質への対策を間違った方向でしようとする動き。「被災地のいち早い復興のための」全国への放射能汚染がれき拡散処理など。
そういう動きが進むと、だんだん日本全体が、家族友人・隣近所の人が「仕方ない」という態度になっていく空気。
こういう空気が厄介です。


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