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民主主義は、儚く脆(もろ)いものかもしれない---だからこそ、抵抗する時はする
2011年03月06日 (日) | 編集 |
おはようございます。個人的にいろいろあり気分が最悪です。(最悪って最悪でもないですが)
おまけに、風邪だか鼻炎だか鼻水。もう!びえーーん!(どうしよ笑える?(´・д・`) )

「村野瀬玲奈の秘書課広報室」より、元気をもらえるエントリー。
素晴らしい記事です。
「革命」と「デモ」という言葉に抵抗を感じる方へのお返事

私の憂うつな気分など吹き飛ばすような、「そうなんだよ!それが言いたかった、私も!」
という部分を、上の記事より、一部転載させて頂きます。

==============================================

レスイラズさん。「絵に描いた餅」は本物の餅ではありません。それと同じく、日本の民主主義は言葉や制度としては一応存在しても、それがあまり尊重も実践もされず、絵に描いた餅であるその制度すら切り崩そうとする体制側の言動と、そういう切り崩しに無警戒にのってしまう市民側の言動もまた目立つというのが私の観察です。

私のブログは、最初から最後まで、そういう現象を拾い続けるブログといっても過言ではありません。すべての記事がその説明のために費やされているといってもいいでしょう。これだけ「実例」がそろっているのですから、私は、「日本は民主主義国ではない」と結論することになんのためらいも感じません。

==============================================(下線は私)

村野瀬さん、特に下線の部分、このようなことはなかなか続けられることではありません。
誰に何と言われようと続ける、こういう個人個人が集まれば、弱い束が集まれば、強くなる。
私も、ひ弱なへっぽこな個人です。しかし、村野瀬さんや秋原さんみたいな人がいることに、
勇気をもらえます。
(いつもありがとうございます。遅まきながら、リンクさせて頂きました。m(_ _)m)

ところで、「デモ」という言葉やデモをする人たちに対し、私は以前は”違和感”がありました。
そうです、「変な人」のように見ていました。偏見がありました。
しかし、あることを知ってからです。「日本って、自分の頭で”これっておかしくない?”と、引っかかったことを考えないと、一歩間違うと変な方向にガーっと進むかも」、と感じるようになったのが、
リンク先のブーゲンビリアさんのブログを見てからです。
デモを行うのは至極当たり前の行為だと気づいたのです。
抵抗して、抗議して何が悪いんだろう。よく考えれば政治家の演説に拡声器が使われているのに、抵抗のためにだって使っていいんだよ、と。
キャンプ座間の看板
私は無知でした。「知らないでいる」とは、こういうことなのだなと感じました。

ブーゲンビリアさんを知ったのは、ある一人のブロガーさん経由です。
この方との出会いが非常に大きかったと私は思っています。ぐいぐいと引き寄せられました。
(どなたかというのは、もしかしてバレていますか?(笑))

最近、まさに三寒四温で風邪を引く人が増えているような気がします。
皆様もどうか、お気をつけてくださいね。


コメント
この記事へのコメント
必要なのは
まず抵抗するのではなく、告知するべきだと思います。
事実を多くの人に伝えて、多くの人の考えを集める事、その上で何が大切な事なのか、弱者を保護する必要がないのかなどを議論する必要があると思います。
デモは、事実を知らない人に事実を知らせるための一つの手段であって、平和的に行われなければならないと思います。
デモのイメージが政府や権力者に対する抵抗だと考えているのだとすれば、誤った行動をする危険性があると思います。
海外のデモにみる略奪行為は、まさに本来の趣旨を理解していない事の表れで、これがデモの実態となると政府も弾圧せざるを得ないと思うのです。
デモにもモラルは必要です。事実を伝えると言う本来の意味を自覚して行動して欲しいです。
2011/03/06(日) 10:14:26 | URL | Katsuei #bQBrz5D6[ 編集]
デモへの偏見、どうしたら治せるのかな。
ゆうこさん、記事を読んでいただきましてありがとうございます。リンクもありがとうございます。

報道されるべきことが報道されず、どうでもいい芸能ネタや政局ネタでニュースが埋まっている、なんてことが日常茶飯事の日本。沖縄や祝島で起きていることは、全国紙では無いも同然の扱いです。告知するためのハードルすら意外に高いと思われます。告知してから抵抗して、なんて言っていられないことも現実には多いです。

民主主義を行使するときにそんなに自分から可能性を狭めなくてもいいのではないか、というのがこの記事を書いた動機の一つでした。

フランスの公民科の教科書では、デモについてしっかりと繰り返し教えています。デモは平和的に行われなければならない、というのは当たり前のことです。しかし、日本では平和的デモであっても抵抗があったり、デモというと略奪行為をまず連想するのは、そういう偏見を正す広範囲の教育がないからだと思います。

...って、Katsueiさんへのお返事にもなってしまいました。
2011/03/06(日) 22:11:59 | URL | 村野瀬玲奈 #6fyJxoAE[ 編集]
Katsueiさん、コメントありがとうございます(^o^)
☆Katsueiさん、こんにちは。
またまた、寒いですねぇ・・。
山梨では、午前中に降った雪が残っています。v-276

> 弱者を保護する必要がないのかなどを議論する必要があると思います。

うーん。。
弱者というか、例えば心身的な、とか経済的なとか、
社会で生きていく上で何らかのハンディを持ってしまっている人のことを、
最低限、忘れないでいたいと、私個人はそう思っています。
私は最初の職場で「女の子(お茶汲みコピー係)」扱いされ、子どもが産めなければ夫の親戚からいろいろ言われ、外で働かないと実母にいろいろ言われたことがありました。今は心の病気をやっつけようとしています。自分がそんな立場なので、ついつい、弱者の側に立ってしまいます。
自分がいつ路頭に迷うか、そんなことも想定しておかなければならない時代です。

> デモは、事実を知らない人に事実を知らせるための一つの手段であって、平和的に行われなければならないと思います。

どのあたりまでが「平和的」なのか、線引きが難しいですが・・。
ただ、考えてしまうのは例えば、8月15日の靖国に集まる「右翼」の街宣車などは違法駐車はするしほぼ半日以上にわたって騒音を撒き散らしますが、警察は甘いです。
”なんか、あの人たち怖いね・・でも、「右翼」だから仕方ないか”
と、「右翼」に対してはそう思い、常識を超えない範囲内でデモを行っている集団に対しては、「キモい」だの「ウザイ」だの「さよく」だのレッテルを貼って叩きたがる日本の風景は、いかにも不思議・・と、外国人が見たらそう思うのかな、なんて想像しました。(笑)

> デモのイメージが政府や権力者に対する抵抗だと考えているのだとすれば、誤った行動をする危険性があると思います。

誤った行動・・。
イメージが難しいのですが、ヘルメットを被って肩同士で組んで火炎瓶を投げる・・??
(すみません、イメージが乏しいです私(汗))
という、昔の学生運動のような雰囲気を想像したのですが、
「誤った行動」というのは、そんな感じでしょうかねぇ。
もちろん、そういうのは誰かがケガをする恐れがあるので、良くないと思います。

> デモにもモラルは必要です。事実を伝えると言う本来の意味を自覚して行動して欲しいです。

モラルがなさ過ぎる人が多くて、困ると思います。
一番は、マスコミだと、私は思います。
沖縄で起こっていることや、老巧化した原発がすごく危険であること、
新たに原発を建設する必要のないことは、マスコミは伝えたがりません。
アメリカ合衆国や政府や電気事業連合会(TVコマーシャル)がバックにあるので、
伝えないのは当然なわけですよね・・。
ですから、デモやインターネットを通じて、「マスコミ」が伝えない事実をを知りたいと、私は思っています。
Katsueiさん、ありがとうございます!
2011/03/07(月) 17:03:33 | URL | ゆうこ #-[ 編集]
村野瀬さん、コメントありがとうございます!
☆村野瀬さん、こんにちは。

> ゆうこさん、記事を読んでいただきましてありがとうございます。リンクもありがとうございます。

村野瀬さんが私のブログをリンクしてくださっているのは、以前より気づいていたのですが、なかなか、私のこのまとまらないブログに村野瀬さんのブログをリンクさせていただくのは、畏れ多いという感じで、今になりました。。。
こちらこそ、いつもありがとうございます。

> 報道されるべきことが報道されず、どうでもいい芸能ネタや政局ネタでニュースが埋まっている、なんてことが日常茶飯事の日本。沖縄や祝島で起きていることは、全国紙では無いも同然の扱いです。告知するためのハードルすら意外に高いと思われます。告知してから抵抗して、なんて言っていられないことも現実には多いです。

本当に・・・その通りです!

> 民主主義を行使するときにそんなに自分から可能性を狭めなくてもいいのではないか、というのがこの記事を書いた動機の一つでした。

私も、そう思いますね。
以前はそうではありませんでした。「一つを知る」ことがきっかけとなり、
民主主義は、ただぼーっとしていたら手入れのされていない庭同様になってしまう・・
なので、「だまっていたら100年先も基地のまち」 という、ブーゲンビリアさんたちの手作りのキルト地の布を、その度に思い出します。

> フランスの公民科の教科書では、デモについてしっかりと繰り返し教えています。

村野瀬さんの記事を拝見しました。
日本でも、そういう教育をしたほうが良い、というか、
相変わらず「押さえつけたがる」ような人たちに多くの学校が牛耳られているというか、
東京都の入学・卒業式の日の丸・君が代を拒否した教師を処分しているのですから、雲泥の差がありすぎて、話になりません。
けれど、そうやって「困ったもんだ」とポーズを取っていてもしかたないので、
少しでも民主化日本に近づけるように、ぼつぼつとブログを更新していきます。

村野瀬さん、ありがとうございます。
2011/03/07(月) 18:02:39 | URL | ゆうこ #-[ 編集]
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2011/03/06(日) 22:14:08 | 村野瀬玲奈の秘書課広報室