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何が「正しい」か、なんて誰にも言えないと思うが
2010年12月25日 (土) | 編集 |
おはようございます。
相変わらず風邪が治らずお腹が痛くだるくて、元気な人がうらやましい。
病気と闘う人の大変さ、不安な人、年末年始をどこで過ごそうと切羽詰っている人、
そういう人のことをつい、考える。(あたたかい部屋の中でテレビを見ながら・・・)
(「ドカコ」さんは、どうしているだろうか。年配女性ホームレスの人。
今年一月一日、満月の夜だった。テレビで見た。)

タイトルが重々しくなってしまった。その割には、中身が乏しくてすみませんが・・

「正しい行い」という言葉がある。宗教とかはともかく、言葉だけを切り取ってみる。
「正しい行い」って、何だろう。「正しい」って。
分かるよ、大体。分かるけれど、何、「正しい」って。

テレビ東京の連続ドラマ『モリのアサガオ』が終わった。
柄本明さん演ずる死刑囚が死刑を執行されて、それからまだ2回分録画してあるんだけれど、
まだ見ていない。重くて、見られない。

12月25日は、車いすで生活していた老死刑囚が無理矢理立たされてあの四角い枠から落ち、首を吊られた日だ。
75歳のその死刑囚は死刑確定後に、罪を悔い改めキリスト教徒になったという。
よりによって、25日に死刑にされた。
辺見庸さんのあの本のその部分を読んでから、何かと思い出してしまう。
日本から死刑が無くなれば、思い出さなくなるのだろうか。
知ってしまった限り、自分が死ぬまで思い出すというか、想像してしまうことは尽きず、12月25日はクリスマスではなくその人が死刑になった日として焼きついてしまうのかな。それほど衝撃だった。

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鬼子母神は、(いろいろ説はあるものの)自分に1000人の子どもがいながら、他人の子を捕らえては殺して食べていた。ある日お釈迦様が、鬼子母神が一番可愛がっている、一番末の子どもを隠してしまう。
鬼子母神は、相当悲しんで悲嘆に暮れたらしい。

「Key:雑学サイト」より、鬼子母神について、部分転載。
:::::::::::::::::::『釈迦如来は彼女が最も愛していた末子・愛好を隠して子を失う母親の苦しみを悟らせ、仏教に帰依させた。以後、仏法の護法神となり、子供と安産の守り神と法華なった。盗難除けの守護とも言われる。::::::::::::::::::::::

また、別のサイトでは、

:::::::::::::::::::ハーリーティは気も狂わんばかりにその子を探し回るが見つかりません。そこにお釈迦さまが現れて、子供がいなくなるということがどんなにつらいものか分かったか? お前の今までの悪行がそのような形で現れたのだと諭します。
この事件で親の心を知り心を入れ替えたハーリーティは仏道に帰依し、:::::::::::::::::::::

という記述がある。

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他の人間が働きかけても、罪を犯した人の全てが、心を入れ替える(改心する)(悔悛する)とは思えない。

けれど、殺人を犯した人を死刑にするのは「正しい行い」なのだろうか。


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2010/12/25(土) 10:06:53 | | #[ 編集]
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