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「好きな人同士で給食」の苦悩は、社会人にもある
2010年11月17日 (水) | 編集 |
最近、「好きな人同士で給食」というようなキーワードで、
このブログを訪問してくださった方がいました。

自殺してしまった小学校6年の女の子は、給食の時間がとても辛かっただろうと思います。
そんなことをまた考えていたら、小中高に限らず、大学や社会人でも、特に女性に多いそうですが、”ランチを一緒に食べに行く人がいない(又は買いに行く(?))”=「恥ずかしいこと」として、
なんと、お昼ご飯をトイレの個室で一人でこっそり、食べる人もいる、というテレビ番組のミニ特集を思い出しました。(この番組の放送自体は、おそらく1~2年くらい前ではなかったかな・・と記憶しています。)

そんな国は、世界広しといえどもおそらく日本だけではないだろうか。

ランチをいっしょに食べに行く人がいない人=寂しい人・暗い人 と思われたくないというのは、私にも分かります。けれど、割り切って大学のキャンパスのどこかで一人でいいやとか、会社の机で一人でお弁当でいいや、という・・私だったらおそらくそうしますが、トイレで食べる、とはよっぽどなんだなと、その時の心境を察すると胃で食べ物が消化しないのでは・・などと思ってしまいます。

正直に言って、小中高くらいまでは私も、休み時間に輪になって話している中でも優しそうな級友にくっついていて(”友達”はいませんでした)、その子が「トイレ行こうっと」と言ってその級友が消えてしまうと私ひとりぼっち、ぽつーん・・・という感じになるので、「私も」と言って本当はトイレに行きたくないのに行く、ということはよくありました。
今から思うと、なんと痛々しい・・と思ってしまいますが。
私が今もし同じようなシチュエーションに出くわしても、「いいや一人で」、ですねぇ。
それか、勇気は要りますが自分から他の人に話しかけることもできるかもしれません。
(年の功か?)(不安障害はしつこくつきまとっていますが)

「ランチを一緒に食べに行く人がいないから、トイレで一人、ひっそりと昼食を食べる」のは、
特に、入社したての人とか、若い人に多いのだろうか。(特に、女性)
あ、いや思い出しました。
大学で、学食で一人で食べるのが嫌だからと「一緒に食べる人がいない時は、お昼ご飯食べない」、
という男子学生がいました。

バックパッカーとか「お一人様旅行」はありなのに、集団の中で浮くと怖いのか。
トイレの個室で食事を取るほど、一人で居て目立ってしまうことが怖いのだろうか。

取り立てて騒ぐようなことではないのだろうが、日本社会の縮図だ、と感じる。

(そういう社会だからこそ、あの小学6年生の女の子の気持ちに寄り添うように、給食班をランダムにつくり、私の小中学生時代のようにタイプがバラバラの生徒が集まって食べる方が良かったのに、と感じる。)



コメント
この記事へのコメント
こんばんわ。
ご無沙汰しています。
少子化で児童の数が少ないのであれば大きな円を描いたらどうでしょう。そして、ひとり暮らしのお年寄りを招けばなおいいと思います。知恵袋を授かるかも・・・
2010/11/17(水) 23:50:42 | URL | ちーず #-[ 編集]
わたしのところは、
給食は班で食べることになっていたけれど、
お弁当は、仲の良い集団で食べていましたね。
和気あいあいのクラスだったので、
ひとりになることはありませんでした。(誰も)
恵まれていたのかも。

大学では、結構ひとりで中庭などで食べていましたが、
そういう人も多かったので、寂しいと感じることもあったけれど、それほどでもありませんでした。

でも!

そういうシチュエーションの時に、知り合いに会うのは嫌でした。ゆうこさんが書いてらっしゃるように、ひとりとか暗いとか、友達がいないとか“思われる”のが嫌でした。

ひとりが寂しいのではなく、
ひとりぼっちだと思われるのが、凄く怖かった気がします。

正直、とっても緊張しいなので、他人とご飯を食べると、食が進まないので・・・本当はひとりの方が気楽です。外で食べると食べられないけど、うちで食べると、え??ってくらい食べます笑

いまだに、ひとりでファミレスには入れないけれど、
(吉牛までがギリですv-356
ひとりでファミレスで自分の時間を過ごしている人は憧れます。

ひとり旅をしている時は、一人でも何も気になりませんでした。
感想を言い合えないのは寂しいけれど、その分、食事としっかり向き合っているような。

きっと、ひとりでもいいところではひとりでも寂しくない。
でも、集団の中でひとりというのが、寂しく感じるものなのかな・・・と感じます。

今、振り返ってそういう風に言えるけれど、小学生の自分だったら、絶望してしまうかもしれないな・・・と思います。
2010/11/18(木) 21:20:09 | URL | kemo #-[ 編集]
ちーずさん、いつもありがとうございます!
☆ちーずさん、こんにちは。
コメントありがとうございます!

> 少子化で児童の数が少ないのであれば大きな円を描いたらどうでしょう。そして、ひとり暮らしのお年寄りを招けばなおいいと思います。知恵袋を授かるかも・・・

それは、とても良い案だと思います。
私は祖母がいたせいもあるかもしれないですが、子どもの頃から、
おばあちゃんたちと一緒にいるのが大好きでした。
話し方もゆっくりで、私のことを大事にしてくれて・・

例えばもし、クラスでぽつーんとしてしまう子どもがいても、
お年寄りが何人かいたら、必ずその子に声をかけるか、じっと目が合うまで見ているか、
そういう人がいると思います。
級友が話しかけてこなくても、寂しさは少しでも紛らわすことができるかも。
昔と違って土曜日が半日ということがない分、
小学生は平日は学校にいる時間が長いのでしょうねぇ・・大変だと思います。
お年寄りも、分断されている感じがするし・・。


p.s.
ちーずさん、遅くなりましたが、拍手コメントありがとうございました。
あの後、稲はちゃんとに実りましたが、収穫は一合いかなかったです。
0.8合くらいかな。
普通の白米を混ぜて、1.5合にして炊いて食べました。(おいしかったです^^)
お米作るの、大変だなぁとしみじみ、感じましたよ~。

ちーずさん、ありがとうございます。U´・∀・`Uv-34
2010/11/20(土) 16:51:39 | URL | ゆうこ #-[ 編集]
kemoさん、こんにちは~。(●^ー^●)
☆kemoさん、こんにちは。
いつもコメントありがとうございます!v-482
(返信のタイトルの顔がうまくいかないです)

> そういうシチュエーションの時に、....ひとりとか暗いとか、友達がいないとか“思われる”のが嫌でした。

そうなんです・・。
「友達がいない」というのは、
日本では「人格が劣っている(?)(なんてことはないのに)」と、捉えられがちですよね。
今は友達がいなくても、そのうち誰か、友達・友人・仲間ができるさ・・という、
のんびり感がないという気がします。
(いつでもその流れに乗り遅れてきた私ですが、こんな私でも覚えていてくれる人がいる、
もうそれだけでいいや、と最近やっと思えるようになりました。)


> ひとり旅をしている時は、一人でも何も気になりませんでした。

私はまったくの一人旅(泊まりで)というのはしたことがないのですが、
どこか遠くに出かけるとき、それは感じます。
見るものが珍しい、そこにいる人が生き生きしている、そういう風景に出会うと、
ワクワクします。
(でも、それは帰る所があるからかなぁ・・。U´・ェ・`U )


> 集団の中でひとりというのが、寂しく感じるものなのかな・・・と感じます。

「私、何か浮いてるわ・・」とか、「自分がここにいても楽しくない」と思ったら、大人ならばその場所からさっさと去れば済むことなのですが、特に小中学校で一日の大半を過ごすのに、「いなきゃならない」というのは、辛いと思います。

私はファーストフード店くらいですかねぇ・・一人で行ったことがあるのは。
外食の機会自体がない、というのもありますが。
kemoさんすごいです。吉牛ですか!
山梨では一人客は男性が多いような気がして、
「一人吉牛いいなぁ」と思ったこともありますが、勇気がなくて、入れませんよ~。

kemoさんありがとうございます。(^o^)/
2010/11/21(日) 17:01:19 | URL | ゆうこ #-[ 編集]
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