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やりたいこと、行きたい場所
2010年08月22日 (日) | 編集 |
「ママ投げ出し 2児死亡」という記事が今日の朝日新聞社会面に載っていた。
(それにしてもあんなに顔を出さなくてもいいのに、と思ったが)

容疑者の写真の下に、サッカー日本代表の試合に応援に行っていて、
その写真が撮られた時、「2児に最期の食事を与えてから20日たっていた」
とあった。託児所のない職場で働くようになって、
そこからあの容疑者は変わってしまったようだ。

自分の身に置き換えてしまった。


私の母は、どこへも外出できない。昨年10月半ば、東京の病院を退院してから、ほとんどどこへも。退院して間もないころ一度、近所の高台の公園に、みんなで車で行ったことがあった。
その時も、ゆっくりは滞在できなかった。母は、気分的に余裕が無かったようだ。
あとは、妹の二人目の赤ちゃんが生まれた時と、春と、本格的な夏が来る前の梅雨初めのころ、妹の家へ。すぐに帰ってきた。それでも母は、感激して、泣いてしまっていた。
あとは月に2~3回、ひたすら病院へ通う日々。
(診察だけの日の帰りに、私とファミレスに寄ったことは何回か、ある。
先週の月曜日も。これが最後になってしまうだろうかとふと思った。また行きたいけど。
その時だけはすごく、ニコニコしていた。昔と変わらない、明るい母の笑顔。)

今、私には、「"(母の)娘"という立場から逃げたい」という気持ちがとてもある。
ちょっと疲れてきてしまった。
もちろん、幼児を置き去りにした親のようにするわけにはいかないが。
些細なことで怒り飛ばす父におびえて、泣く母。母は病気なのにと思うが、
最近父は怒りっぽくて、この前私は殴られそうになった。怖くていろいろ言えない。
父はもともと自分勝手な上に、もう、疲れてきているのがわかる。
でも、少し経つと母は「お父さんも優しいところがあって・・」と、一気に変わる。
一日のうちでさえ、それを繰り返すことも。
一部行動の介助だけでなくても、そういうことでも、疲れる。

この前、妹が二人の子どもを連れて来て6時間半家に滞在して晩御飯を食べて帰った翌日、母は堰を切ったように私に、妹に対しての愚痴を言い始めた。「お母さんが具合悪いのを分かってない」とか、いろいろ。(母は孫の相手をして倒れそうなくらい調子が悪そうだったが、そうではない振りをしていた)
「爪を切ってもらったりするから(妹はできるが私は母の足の爪を切れない)、早く帰ってなんて言えない。本当は足が痛くて横になっていたかった。」と、泣きながら、私に話す。うんうん、そうか・・と聞くしかなかった。

母の骨盤の腫瘍が広がり、歩けなくなってしまったら・・。
腫瘍は母の体をじわじわと蝕んでいて、それが一番分かる母は、もちろん一番辛いだろう。
見ている周りも辛い。
私には、精神科や他のことで病院や歯医者に行く時、余裕があればちょっと買い物に寄る時間がある。そういう時に、何だか罪悪感を感じる。自分はこんなことをしていていいのか、と。
ブログを書いている時も。

毎日の食事は、母と私で食べたいものが合わない部分があるので、(作っても母は食べないので)朝の味噌汁以外は母は適当に食べている。あとは、母が食べたそうなものを私が作った時。歩けないわけではないので、何とか、味噌汁を「おじや」にすることくらいはできる。あと、ちょっとした煮物とか。あと片つけは、父がしている。

母がもし歩けなくなったら、母のことのかなりの多くの部分を、私がしなければならなくなるだろう。妹は一緒に暮らしていないので、勝手がわからない。それに、下の子はまだ5ヶ月ですぐに火がついたように泣く。母がイライラするのが分かる。妹も一生懸命なのに。(母とやっていくのは難しい。それは私も。昔から。)妹に来てもらうのは、ほとんど期待できない。
自分の家の家事や夫のことは、もう手抜きもいいところで、母か自分の家かどっちかがなければ楽なのに、と、最近私はドライに思ってしまう。ダンナも気を遣ってくれているのに。外で働いてきてくれているのに。ブログやネットに逃げているところがある。自分の食事や睡眠はいい加減になってしまい、何をしていても眠くなり、私は変な風に太ってしまった。(笑)

3月~4月、うぴしがだんだん弱っていくのを見ているのは、辛かった。
うぴしは母とは違う。16歳半で老衰といえばそうかもしれないが、どこか悪かったかもしれない。肝臓とか腎臓とか。でも、一度だけうぴし自身が「びょういん連れてって」という顔をした時以外は、積極的に何か治療をすることはしなかった。最期まで、私とずっと一緒だった。最期のときを迎えるちょっと前に、苦しい時間があったかもしれない。でもそれまでは食べてよく寝て、うぴしは超高齢ながらものんびり普通に過ごしていた。うぴしに積極的な治療をしなかったことは、後悔していない。余計な苦しみを与えないでよかった。

だが、母はそうはいかない。
母は内臓の病気になどならずに、長生きしてくれると勝手に思っていた。
それが、こんなにじわじわと、化学療法をしながら食欲不振に苦しんで、しかも歩けなくなる可能性が高い状態になるなど想像もつかなかった。

コメント
この記事へのコメント
若いうち、子供からすると親はいつまで変わらずにそこいる。
私なんて自分が親になっても未だにいなくなるなんて想像できない。

うちは両親健在です。
親父は難病指定を患っています(んー、健在ではないか…)が、今すぐ命がどうこうということはないです。
一緒には住んでいないのですが、同じ市内です。

そこで、難しいのが、こちらは親が元気な間に関わり合いたい、孫にも会わせたい(それが親孝行だと思ったりしたり)。
ただ、会っている間は喜んでくれるけど、相手をしていて疲れている時もある。
そこで足を向けるのも重くなったりと、匙加減が難しいです…。

2010/08/23(月) 00:05:00 | URL | 杉本 #xcxKlrDc[ 編集]
杉本さま、コメントありがとうございます。
杉本さま、おはようございます。

親は、ついつい、「いつまでも元気でいるもの」という風に思ってしまう自分に「しっかりしてよ」と喝を入れています。いつまでも私は「子ども」で困ったものです。

> そこで、難しいのが、こちらは親が元気な間に関わり合いたい、孫にも会わせたい(それが親孝行だと思ったりしたり)。

難しいですねぇ。(笑)
我が家は子どもがいないので、孫は妹の子ども二人だけですが、母が元気だったらいいのにな・・と、叶わないことを思います。
父は孫が来るのに大喜びですが、母は大変そうで。でも、
「何もしてやれない・・」と泣いているのを見ると、孫への思いは相当強いようです。
2010/08/24(火) 05:49:33 | URL | ゆうこ #-[ 編集]
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