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『核のない世界』という言葉はうつくしい。広島---あの時の本当の姿は---
2010年08月11日 (水) | 編集 |
〔コミック版〕はだしのゲン 全10巻〔コミック版〕はだしのゲン 全10巻
(1993/04)
中沢 啓治

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「はだしのゲン」の作者の中沢啓治さんが、たしかテレビ朝日の番組だったと思うけれど、
きのう、怒りを含んだ表情で話しているのを見た。
中沢さんは6歳の時に、広島で被爆している。
校門の門柱の影にいて、直接熱線を浴びずに済んだという。

番組の中で中沢さんは、私の記憶だと、
「核兵器廃絶などときれいごとみたいにいろいろ述べているが、被爆の直後の惨状はひどいものだった。もっともっと、怒らなければいけない。」という風に話していた。
私のおぼえている限り、おおむねそのような内容だっと思う。(番組を見ていた方、ちょっと違うというところがありましたら指摘してください)
彼は被爆者ではあるが、
広島で毎年8月6日に行われる平和記念式典に、一度も参加したことがないという。

とにかく、中沢さんの怒りの表情は本物だった。

中沢さんは被爆した後自宅に戻るが、父と姉と弟が家の下敷きになっていた。家族を助けようとするが、火の手が迫ってきてどうしようもない。目の前で、三人を亡くしてしまう。
1967年に中沢さんの母親が亡くなるが、荼毘にふされた後、骨が残っていなかったという。
「原爆は母から骨まで奪った」
原爆を題材に漫画を描くことはしないと決めていたらしいが、
火葬された母親に骨が残っていなかったことに、憤怒(ふんぬ)ともいえる感情が沸いた---
それが「はだしのゲン」を描く原点---中沢さんはそのようなことを言っていたと思う。

「はだしのゲン」は、私は中学の時に読んだ。
教室に、みんなが読むようにと担任の先生が置いていた。

「はだしのゲン」は、絵が怖かった。
熱線による火傷で全身の皮膚が垂れ下がってしまっていたり、
被爆直後は助かっても傷口からウジが湧いてしまい、苦しんで死んでいく姿。
それよりもまだ幼い時、何度か「ピカドン」のアニメも見た。
怖かった。
私はブログにあれこれ書いているが、正直に言うと結局自分が一番大事で、
自分があんなひどい目に遭うのはいやだ、あんな風に死にたくない、
そういう思いが、
「戦争は好きじゃない」「日本は二度と同じことを繰り返してはいけない」
ということを、ここに書く原動力の一つになっている。


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