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参院選に思う---- 『死刑は票にならない』 のか
2010年06月30日 (水) | 編集 |
新聞か雑誌か週刊誌か、今はっきりと思い出せないのだが、
「死刑は票にならない」と言っていた政治家がいた。(名前は出ていなかったように思う)

「死刑は票にならない」・・・
そりゃ、「死刑制度を絶対に継続しよう!」「犯罪の抑止のためには必要です!」と
訴えたところで、あまり良い印象を与えないことは確かだろうと思う。
人の命がかかっていることだから。逆に、廃止とも言いにくいのだろうか。
選挙は「お祭り」みたいなものだから。

「死刑は票にならない」ってさ・・実も蓋もない、というか。その言い方。
要するに、避けている。
この前取り上げた記事では、足利事件の冤罪被害者になってしまった菅家さんが、
「どんな人にも人権はある。」と言っている。菅家さんが言うと、重みが違う。


「人権擁護法案」というのがある。
ざっと読んでみただけだが、良い面悪い面、両方あるようだ。
また、「誰がどういう人を(何を)差別しているか」とか、
菅家さんのように「警察は被疑者を拷問していないか」とか、そういう問題もあるだろうし。
法案は未だに可決されてはいないようだが、しかし、
「人権擁護」という発想が出てくるのなら、なぜ真っ先に、「死刑制度廃止」
が出てこなかったのだろうか、と考えてしまう。
(死刑制度と「人権擁護法案」はあんまり関係ないんじゃない?
と思われた読者さんがいましたら、指摘してください。
私は「人権擁護法案」を理解しきっていないまま、この記事を書いています)


「死刑は票にならない」なんて、どれだけ自分に票が入るか、
選挙に勝つか負けるか、しか考えていないいんじゃないかね、と思ってしまう。
「選挙に勝ってなんぼ」みたいな。ワールドカップじゃないんだからさ。

国民の幸福を考えるのが政治家なら・・・・
菅家さんの言う、「人権」の重みを考えて欲しい。
全てにつながってくるじゃないか。

菅家さんは、足利事件で誤認逮捕されたのが1990年だった。
想像するにもしも、あの事件---山口光市母子殺害事件---よりも後だったら、
幼い女児が被害者だったこともあり、
菅家さんには死刑判決が出ていたものと思われる。
「世論」は"死刑容認"の声が大きくなり、重大犯罪の厳罰化が叫ばれた。

2005年11月に2人の若い女性を殺した山地悠紀夫元死刑囚は、
2009年7月に死刑を執行されている。
2004年の奈良女児誘拐殺人事件の小林薫被告は、
死刑が確定している。→www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/nara.htm

菅家さんは、全くの無実だったことが証明され、18年ぶりに釈放された。
生きて外に出ることが出来てよかったが、獄中で病気で亡くなってしまったり、
もしも死刑判決を受けて執行されていたら、と思うと膝がガクガクするほど恐ろしい。

以下にリンクしたHPに詳しく書かれています。
考えてみたい方は、どうか見てみて欲しいと思います。

『東京拘置所のそばで死刑について考える会』
『票にならない声/死刑と選挙』


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