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犯人だと「決めつけている」のでは?
2010年04月05日 (月) | 編集 |
この前の、国松考次警察庁長官銃撃事件(1995.3.30発生)の時効から、もう何日も経った。
「オウム真理教が犯人であった」と記者会見してから、早いことに、
(もちろん被害者である国松さんや家族にとっては「時効」などないだろうが)
もう記憶が薄れている気がする。
" 世間 " の空気は、「ああ・・あれってやっぱ、オウムだったんでしょ」みたいな、
様々な出来事に紛れて薄まって、砂粒のようになって霧のようになって、
空気のようになっていくような。そんな印象。

松本サリン事件を思い出す。1994年6月の。
「毒ガス発生?住宅地で7人死亡」(正確ではないが)
こんなような見出しの新聞記事を見た。ニュース番組やワイドショーでは、
センセーショナルに取り上げられ、「犯人はほとんど河野義行さんでしょ」
的な空気になっていた。
そして私は、地下鉄サリン事件が起きて初めて、
松本サリン事件の犯人について、「オウムだったんだ」・・「あの近所の人(河野義行さん)じゃなかったんだ」と気づき、驚く。

話は戻り、国松考次警察庁長官(当時)銃撃事件。
警察は最初から、オウム真理教の犯行ではないかと睨んでいたようだ。
報道によると、それに従って捜査を行っていたのではないか、と。
マスコミがまず、「この事件はオウム」という警察の話をそのまま流していた感がある。

松本サリン事件の時もそうだったが、長官銃撃事件も、決定的な「物的証拠」がないのに、
見込み的に「犯人ではないか」と疑ってかかる。
それが危険だと思う。
長官銃撃事件も、警視庁内では「オウム犯行説」以外に、「予想もつかない動機を持つ犯人像」は上がらなかったのだろうか・・?と思う。
それにしても、『アレフ』(オウム真理教が前身)の荒木広報部長が訴訟を起こすと言うのも分かる気がする。
『アレフ』は団体だが、これがもし、一個人だったらどうだろう。
「1995年の警察庁長官銃撃事件は△△◇○の犯行だった。」と、個人名を出されたら。
外を歩けない。
「ちょっとあの人さぁ・・」と、指を指される。時効が成立していても。
『アレフ』の広報部長が、今回警視庁のしたことを「重大な人権侵害」と言うのも
当然だと思った。

足利事件の菅家利和さんの冤罪事件も、そうではないか。
警察は最初から、「この人が怪しい」と見込んで捜査していた印象だ。
印象だ、というより、実際その通りだった。


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