家事専業。犬と猫が好きです。(・∀・)ノ ツイッターアカウントは、画面の下の方です。
  • 07«
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • »09
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


「うつ」と自殺
2008年04月10日 (木) | 編集 |
昨日は原因の良く分からないだるさに襲われた。
夕ご飯も作れずに、ダンナに買って来てもらってしまった。
ダンナ、ごめん・・今日はちゃんと作るよ。

でも、後は必要な家事だけしかしなかったからか、今日は何とか調子が少し良くなった。

私は、おととしの7月から精神科に通っている。
あまりの緊張に外出が困難になり、異変を感じたからだった。
(今では緊張はだいぶ良くなった。近所の人とも普通に話ができる。
ひどい時は、家族と話すのにも緊張した。)

精神科の医師から、「社会不安障害」と「うつ」は関係が深いことを知る。
へえー、そうなんだ。
でも、今でもそうだけど、自分が「うつ」であるという自覚はない。

ただ、体の持病があって手術したことがあるが、
その前に半年間生理を止めるというホルモン治療をしたら、
元々いろいろ悩みやすい性格もあってか、(今ではかなりしぶとくなってしまったが)
精神的に参り、以前のように家事をきちんとするという事ができなくなってしまった。
まあ、それが「うつ」といえば、そうかなぁ。

緊張に関しては、頓服薬ももらって緊張する場面にそれを使い、
緊張に慣れる事で少しずつ良くなった。
でも、なかなか前のように「頭スッキリー!」という状態に戻らない。

で、たまに昨日みたいな状態になってしまう。
無理をしないで休むと良くなる。焦っても良くない。

ただ!
これは私の場合だけど、「無理をしない」「焦らない」ということは分かっている。
そのほうがいいに決まってる。
だけど、長く続くと、「無理をしない」「焦らない」ことにさえ、疲れてしまう。
だってさ、無理をしないで焦らないでいる間、いろんな事が溜まっていく。
母やダンナにやってもらうと、申し訳なさを感じる。
それでも、いろいろ溜まる。
「無理をしない」「焦らない」ではいられなくなる。

これが、頭が疲れる原因。頭が疲れすぎ=「うつ」かもしれない。
私なんかは、まだいい方だ。なかなか抜け出せないではいるけど、
「もう死のう」というところまではいかない。
(矛盾するようだけどずっと前、若い頃は毎日死にたいと思っていたことがある)
(ただ、‘死にたい’のと、‘死のう’じゃあ、えらい違いだ)

でも、そうではない人が、心配だ。
心の底から死にたいなんていう人は、本当はいないだろう。
理屈ではなく頭が言うことを聞いてくれない、というのがあると思う。

「社会不安障害」もそうだ。
緊張してる場面じゃないでしょ、と思っても、銀行の窓口に行くのが死ぬほど怖い。
それは、頭に異常が起こって言うことを聞いてくれないから。

だから心配なんだよね・・。
死にたいと言う人に対して、心配することしか私にはできない。

ちょっと「ザ・ブルーハーツ」の歌の詩みたいになっちゃうけど・・・

イラクで人が虚しく死んでいる事も頭にくる。
パレスチナのガザ地区の人に対する暴力の酷さにも、どうにかならないものかと思う。
でも、やはりそれ以上に、
「あなたが生きている今日はどんなに意味があるだろう」と思うんだよ。

生きている生身の体の重さもさることながら、
その存在の重さも考えてくれたらいいな、と思う。

この人は死んでいい、なんていう人はいない。


(あまりにもテーマが大きくなっちゃうから書けないけど、
殺された遺族の思いは別として、
だから、死刑制度はこのままでいいのか、と考えてしまう事がある。)



コメント
この記事へのコメント
OKさんへ
うん…

死刑制度は、たくさんの矛盾を含んでいますね。
確かに、犯罪を減らすためにもと考えられたんだろうと言うことは納得がいきますが。
死刑でなければ、許せないと思う被害者家族もいるんでしょう。
でも、難しい…
本当に、死で償える罪などあるのか。
かといって、残酷極まりない犯罪が横行する今の世の中、
犯罪者が増えすぎて、収容する場所に限度もあるのか。
なにがあろうと、やり直せない人などいないとも思いたいし…

何を言いたいのか、ちと混乱。(ごめんなさい)

とにかく、自分と言う存在を大切に、と願う。
2008/04/10(木) 12:15:44 | URL | ryoko #-[ 編集]
♪ryokoさん♪
ryokoさん、こんばんは。ありがとうございます。
そうですねぇ。なんか、時々そんな事を考えたりするのですが・・
辺見庸さんという作家の本で読んだことですが、死刑判決が下りて長い間が経ち、
車椅子の老人になってから処刑された人がいるそうです。
これは辺見さんの本の記述ですが、
「2006年の12月25日、クリスマスの日の午前中に、日本各地の拘置所にいる確定死刑囚4人に対して、一斉に絞首刑が執行されました。・・・そして、これはあとでわかったことですが、絞首刑を執行されたなかに、・・・男性がいて、その人の年齢は75歳だったのです。体がとても弱くて自力では歩けない人です。その人にまで刑を執行した。・・・自分の犯罪を悔いている、足も立たなくなった老人を強いて立たせて、首に絞縄をつけるという行為。これを強いられ、せざるをえない刑務官ら。彼らの存在と悲劇も私たちの平穏な日常の壁のなかに埋まっているのです。」
~『たんば色の覚書--私たちの日常』より~
簡単には答えが出ない問題ですよね・・。
今日の記事もコメントも、重くなってしまって。でも、ついつい考えちゃうんですよねぇ。
ryokoさん、読んでくださり、ありがとう。(m_ _m)←(あれ。これヘン?)
2008/04/11(金) 01:04:13 | URL | OK #-[ 編集]
♪通りすがりさん♪
コメントありがとうございます。
ただ・・<<生産せず、ただ消費するだけの日々に>>というところ、
「誰が」「何を」が抜けていて、よく意味が分かりません。アホですみません。
なお、URLのない‘通りすがり’さんや‘名無し’さんのコメントは、
そのうちに消えていることがあります。
ご了承ください。
2008/04/11(金) 01:08:58 | URL | OK #-[ 編集]
OKさんへ
こちらこそいつも、ありがとう。
考えると、矛盾だらけで先の見えないことって、
今多すぎますよね。
確かに安易に答えなんて出せないのは分かっているんですけど。
せめて、その方々のご冥福をお祈り申し上げます。
2008/04/11(金) 06:17:03 | URL | ryoko #-[ 編集]
ryokoさん♪
夜更かしが続いてしまっています。
直さなくちゃ。(ノ´∀`;)
2008/04/11(金) 15:30:56 | URL | OK #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック