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抗がん剤使用について、悩む場合。
2013年11月28日 (木) | 編集 |
こんばんは。

抗がん剤使用の是非について---サイト紹介です。(2013年11月04日・月)
の記事の続きです。
この時は、当時の自分の手帳を引っ張り出していろいろ見たり、当時の母の様子も書いた(多分書いたと思う)のですが、肝心な部分を消してしまい、また、続きを。

母の病気の経緯

・2007年12月 大腸がん発見。2008年1月外科手術(リンパ節に何ヶ所か転移あり。術後何ヶ月か後のCT検査等は一切なし)(←CT検査(MRI等も)一切なし、これは問題だと思います) (少し前に乳がんも見つかっていた。→「センチネルリンパ節生検」(2008年3月)・放射線治療・抗がん剤治療でほぼ完治、と後に医師)

・2008年 大腸がんの抗がん剤治療(「ゼローダ」という、錠剤の抗がん剤を飲み始める。手先が黒くなる、感覚が鋭敏になりすぎる(冷たい水で手を洗うと痛く感じる、等))
    それと同時に、乳がんの治療も平行した。(放射線治療(わきの下の皮膚が黒くなる。だるさ等も少しあったと記憶している)、抗がん剤点滴治療。(母は、「HER2陽性乳がん」でした。それに対応する抗がん剤だったと思う)) 

・2008年は、治療に通いながら、そして抗がん剤の副作用が皮膚など表面的に出ながらも、孫の面倒を見たり、母は比較的元気でした。

・2009年4~5月。
腰の痛み、便秘のようなお腹の違和感を訴えて、だんだん腰の痛みがひどくなり、7月21日に東京の病院(都立駒込病院)にて、骨盤(仙骨)と肺(無数に点がある)と転移がある、と診断される。

・2009年)9~10月半ば。
都立駒込病院で、痛みを取る治療(適切な投薬指導)、FOLFIRI(フォルフィリ)という標準治療をすると劇的に痛みは取れ、20回(だったと記憶)の仙骨への放射線治療で、気力も回復したように見えました。

地元に帰ってきてから(2009年11月)は、車で10分くらいの総合病院に良い外科医(M医師)と出会うことができ、M医師も母の話を、どんな小さいことでもよく聞いてくれて、腫瘍マーカーも維持していました。

・2010年2月半ば、FOLFIRI(フォルフィリ)がだんだん効果がなくなってきて、FOLFOX(フォルフォックス)という種類の抗がん剤に切り替えました。

※抗がん剤(FOLFIRI)治療中は何度か、真っ赤な尿が出るくらいの膀胱炎になり、その度に「クラビット錠(500mg)」という抗生物質を処方されました(3日分)。それで大体治りましたが、精神的には、自分の真っ赤な尿を見たり、母はつらかっただろうと思います。

・2010年3月・M医師:「抗がん剤(FOLFOX)はFOLFIRIよりかは粘膜に対する刺激が少ないので、膀胱炎や歯茎からの出血が少ないようであれば、「アバスチン」(分子標的薬)を使ってはどうか」「アバスチンは、早めにした方が、効果がある」

この頃です。
M医師より、「本人(母)抜きで、家族の人と話がしたい」と言われ、私と妹が行きました。
M医師:「状況はよくない。腫瘍マーカーが以前より上がってきている。
肺に広がった転移がんは、今すぐどうこうなるものではない(結果的に最後は、肺が急激に悪化、その後すぐ亡くなったが)。問題は骨盤(仙骨)のがんで、薬の治療で完全にがんを取りきるのは難しい。
医師の話は、大体、このような内容でした。

この頃、母は、骨盤の痛みがひどい、抗がん剤の副作用でだるくて思うように動けない、抗がん剤の後は食欲がなくなる、ということで辛そうでした。
母自身が、M医師に、「先生、抗がん剤をもうやりたくない・・・。つらい。先生、抗がん剤続けたほうが良いですかね・・」と、涙ながらに話したことがあります。
私自身はその時、抗がん剤の知識がないこともあって、何と考えていいか分からず、というのはありました。
でも、母をそばから見ていて、「抗がん剤でこんなになるなら、続けない方が良いかも」と思ったことはあります。でも、抗がん剤をやめるのは、寿命を縮めることになるのではないか。そう考えると、やめた方がいい、とはっきりも言えず。

M医師は、ちょっと考え考え、「抗がん剤を続けるかどうか、は、考え方にもよりますね・・」と言った。
「全く抗がん剤をせずに、苦しくなった時だけ来て『何とかしてくれ』という患者さんもいましたよ」とも言っていた。

母は、結局、続けることを選びました。

私が自分で後悔しているのは、そこで「抗がん剤」は発がん性もあるということを知っていれば、それを母に話せたのに、と思いました。(ネットの情報で後からそれは分かりました。薬を調剤する人が、密閉した空間で、ものすごい厳重な装備をしていること、母の副作用を見ていたし、抗がん剤に発がん性がある(強い薬なので、だるいなどの副作用が出るわけです))

なので、
FOLFIRI(フォルフィリ)という最初の治療をして骨盤に放射線治療をして、がん患者用にも使える強い鎮痛剤を投与して自分でコントロールでき、調子がよくなった時点、
または、FOLFOX(フォルフォックス)という抗がん剤が効かなくなってきた時点で、治療をやめて、心身ともに日常生活もやっと、という状態ではなく、
痛みだけを取り抗がん剤の副作用からも開放されて、最後の時間は、例えば、孫と散歩に行ったり、泊まりは無理でも小旅行もできたかもしれない、と、今さらながら思っています。

「抗がん剤を続けるかどうか、は、考え方にもよりますね・・」
という、M医師の言葉が思い出されます。
母は(できるだけ長く生きて孫の成長が見たい、という希望もあり)、最後まで抗がん剤治療に望みを繋ぎましたが、それが良かったのかどうか・・と、今になって思うところです。

ただ、私は抗がん剤=増がん剤、などと、「脅し文句」になってしまうような言い方はしたくありません。
乳がんの、ホルモンに関係する種類のがんは、そのタイプに利きが良い抗がん剤があるそうです。白血病もそういう抗がん剤がある、と聞いた事があります。なので、全ての抗がん剤治療を否定はしません。

もしも自分が、がんになったら・・・
部位にもよるでしょうが、とにかく、自分のがんそのものについて、抗がん剤について、その他の治療方法について、自分が自分の主治医になるつもりで勉強するのが大事だ、とは思っています。


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秋は短くて、もう冬が来た---10月22日、甲州市のどこかの橋の上から
2013年11月25日 (月) | 編集 |
こんにちは。
ずっと天気が良かったですが・・・今日は午後から、雨模様。

アップするのが遅くなってしまいましたが、今から1ヶ月ほど前の、
山梨の風景です。

今から4~5年前、「ここ景色いいなぁ」という場所を偶然車で通りかかり、
それ以来、どこだか分からなくなった場所でした。
この写真を撮る少し前、再発見しました。
(写真はクリックすると大きくなります。
ちょっと大きくなりすぎ?かな。失敗・・)

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下の写真左端中央、勝沼ぶどう郷。
携帯で拡大したりいろいろして撮ったので、画像が悪いですが。
右端中央やや下、私の車がギリギリ写っています。
あの場所に車を停めて、眺めの良い橋の上まで歩いて来ました。

20131022 橋の上から 勝沼ぶどう郷

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貨物列車です。
貨物列車は、見ていて飽きない。
ずっと見ていても、飽きません。
画面右上、丘のようになっているのは、笛吹川フルーツ公園です。

20131022 橋の上から 貨物列車

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ちょっと位置を変えて。
普通列車です。
頭の中には、「あまちゃん」のテーマ曲。(笑)
貨物も普通列車も、上り方面です。

20131022 橋の上から あまちゃん風に 普通列車

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甲州市の、塩山(えんざん)方面に携帯のカメラを向けて。
今度は、下り列車。

20131022 橋の上から 塩山方面 青い普通列車

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この日は、最高気温が23~25度くらいだったかな。
上に羽織るものを持っていきましたが、ブラウス一枚でも十分でした。
ただ、橋の上は風が強く、15分くらい撮影しながら景色を眺めていたら、
寒くなってきました。

ぶどう畑の葉っぱは色が変わってきていましたが、
まだ本格的に紅葉する前です。

いつでも来られるのに、なぜだか帰るのが名残惜しくなりました。
景色を横目で見ながら、橋の上から車に戻りました。



「政治的」という言葉への、または「放射能を気にする」ことへの偏見
2013年11月23日 (土) | 編集 |
東京の山本太郎衆院議員に対しての「風当たり」が強い。
刃物が送られたり、それをどこかの議員が「切腹用」と言ったり。
2013.11.14 17:50  山本太郎氏に「切腹用の刀」 自民・鴻池元防災相 - MSN産経ニュース 
銃弾のようなものが入った封書が山本議員宛てに送られた、という報道もある。

あからさまにそういうことをするのは、昔からよくあった手口。
私が厄介だと思うのは、山本太郎の行動を「ふーん・・」と「斜めに見たり」、
酒の肴や世間話で、「天皇に手紙なんて非常識」
などと、さも自分が常識人のようにふるまう、「世間の人」たち。
その、ふわーんとしたファシズムのようなもの(空気)が、耐え難い。

その後、山本太郎議員が公演する予定だった講演会が、静岡で中止になった。
おおよその経緯が載っているサイト
こちら→アットエスSHIZUOKA 山本太郎氏の講演中止 手紙手渡し問題受け 焼津 山本太郎氏の講演中止 手紙手渡し問題受け 焼津 (11/ 8 16:00)


最近ブログに、『政治的』なことは、書くとしても、
できるだけ「ソフト」になるように、など苦心する。
(気力がないとか、単にそういう問題ではない)

うまく言い表せないが、これは、正直なところ。
なぜ、自分でもそう思うのか。
こういうのは、良い傾向ではないけれど。









失敗作
2013年11月21日 (木) | 編集 |
こんばんは。時間がないのですが、
どうしても一部分でも更新したく、途中まで。

ゆうこマフラー 失敗作 20131119

タイトルが、「失敗作」って何のこっちゃ、ですが、
これは私が編んだ、自分用マフラーの編みかけです。
どこかが、間違っています。
携帯で撮ったので画像が小さいですが。

どこか変…。(と、この前気がつきました)
編み物用の「かぎ棒」を使った、「かぎ編み」です。
まず画像アップしました。途中です。
すみません、続きは、明日に。

皆様のところにも明日またゆっくり訪問します。


※2103.11.21 書き直しというか、文章追加です。
---------------------------
すみません、ここからは私個人のどうでもいい話になりますが、ご容赦を。

まぜ、なぜ私が(手芸が超苦手で好きではない私が)編み物なんぞやってみようかという気になったのは、ある閃きからでした。そのひらめきは・・すみません、ここには書かないですが(誰かに対し)「これは喜ばれるだろうか」という動機です。(途中まで編んだものの失敗したため、これは日の目を見ることはありません)

自分のマフラーの失敗作の話に戻ります。毛糸は、ダイソーでショッキングピンクが目に入ったので、ただ残念なことに「超極太」しかなかったので、売り切れを避けるためにとにかく買いました。出発です。ただ、鍵棒編みは小学5年生くらいの時に「マイブーム」になって(それ以降編み物のことなど忘れていたので、一から覚えなおし、です。
ゆうこマフラー 失敗作 20131119
ネットの動画だと、ゆっくりゆっくり、画像で教えてくれるので、いいですね。長編みは何とかなりました。(といっても、ここまで来るのにちいさなコースターを編んでみたりしました)
自分用のマフラーは、あくまで練習用です。この先を私は目指していたのですが。
とにかくピンク色が気に入ったので、さっきも書きましたが、ダイソーで即買い。太さも大体このくらいかな、と、嬉々として編んでいました。(編んでいる時は、「編み物中毒」といっても良い状態。楽しいです)
しかし、上の画像の右の部分、「ぽこぽこ」と穴があいているように見えますよね。これが気になっていました。しかし、押し返してから3目とってから次、というのは間違っていませんでした。じゃあ、まあいいかと、そんなこんなで、良い調子で編み進めたら、何と、マフラーの幅がものすごく太くなっていて(10センチはあっただろうか)、重い・・これでは肩こるわ・・と、毛糸を全部解いてやり直しました。ところが悲劇。やり直した方が、さっきのより、余計に太くなってる!何やってんだよ私はもう~。とブツブツいいながらも、まあ練習なのでそれに自分用だし、いいか、と気長にマフラーを編むことにしました。3度目。3度目の正直というくらいですから、今度こそはスーパーにでも行くのにこれを首に巻きたい、と張り切っていました。太さも、ちょうど良い。それでもやはり気になるのは、画像の、「ぽこぽこ」です。「こういうもんなのかな・・」でも、やり方は正しいのに、ネットで画像を見ても、私のようになっている人はいない・・・。どこか間違ってる?でも、「こういう模様って考えればいいでしょ」くらいに思ってしました(適当)。

実は、これと平行して、私は「大物」を編んでいました。といってもかぎ棒でしかも初心者なので、セーターとかカバンとか、凝ったものはとてもできません。「大物」=その名のとおり、「大きなもの(長方形)」です。これもまた、嬉々として編んでいて、最後の、縁取りをするところで気がつきました。自分用のマフラーと同じ問題を抱えています。でも、大物だし、何とかなるかなぁ・・と思って、そのままでは殺風景なので、ちょっと色の違う毛糸で「ふちどり編み」をしていました。が。がっ!あっっれえ~~…間違ってる。穴があいて、縁取りをしたところがびろんびろんになっている!だめだこりゃ・・とても、人様にあげられるものではない。自分用に使うことにしました。

長くなってしまいました。
私の編み方の、どこが失敗していたか。
(かぎ棒編みの、「長編み」です)
「 2段めの最後の長編みはどこを拾うのか」という部分が間違っていました。それで、端っこがこんなにぽこぽこして、穴があいているように見えてしまったわけです。
正しい目の拾い方は、こちらのサイト
Knit Knit Blogを見て、「ああそうか」と、やっと分かりました。
このピンクのマフラーも、またほずしてやり直しです。

「マフラーを自分で編んだ」というサイトがありましたが、その方はかぎ編みで素晴らしい綺麗なマフラー(一色で編んでいる。とても渋くてお洒落)でした。それを見て、「私のと全然違う。自分は失敗してる」と気がついた、というのもあります。

ショッキングピンク自分用マフラー、やり直しです。
この冬に、(「大物」は無理だけど)、何か自分以外のものもつくれたら良いな、
と思っています。できるかな~~



犯罪の被害者になる、または、犯罪被害者の遺族になるということは
2013年11月14日 (木) | 編集 |
こんにちは。

一つ前の記事ですが、私の母のがん治療のことについて、一番重要な部分を(ほとんど大部分)誤って携帯電話から消してしまいました。
また、ぽつりぽつり、思い出したら書いていこうと思います。


----------------------

今日はカテゴリ:「死刑について」なのですが、書くのは久しぶりです。

ブログのリンクに加えさせていただいたので、紹介します。

『原田正治日誌、気ままに~、』
(ブログ副題に、「日常から~死刑廃止に向けて・・・・、」とあります)

原田さんのことを、私はこのブログで取り上げさせていただいたことがあります。
記事も読んでくださったと思います。
こちら→死刑がテーマのドラマ「モリのアサガオ」が10月18日スタート テレビ東京
この記事を書いたのは、2010年10月16日 (土) で、
今は、私はブログカテゴリに死刑についてを設けてありますが、その頃は「人の死は」というカテゴリ内に入っていて、死刑について書いた記事には読者の方からコメントもかなりいただいたのですが、もしも、記事を探していた方がいたら、これは発見できなかったかもしれないです。今頃、遅くなりましたが、申し訳ないです。

もしも「仇討ち制度」が復活したら
この記事は、2012年10月18日 (木)の私のブログ記事です。
おそらく、これ以降は書いていないかと自分では思います。
この記事の中より
転載。===============
自分一人で考えていても、ずっと、「もしも自分の家族が」「自分が遺族になった場合」と言う人の気持ちが、理解できないんですね。ずっと、です。考えていました。
===========
また、この記事にコメントをしてくれた読者さんへの私の返信を転載。
=============
「極刑にしてほしい」という遺族が「良い遺族」で、
「犯人を死刑にしないでくれ」、と訴えた遺族は、白い目で見られる。
・・・・
「被害者の身にもなってみろ」「執行を粛々と(言い方はきれいですが)」
などと言う人はいますが、
それは、「お前にはぜっったいに、更正の機会を与えないからな!」
という、メッセージでもあります。

私がもしも殺人による被害者(死んでしまっていますが)や遺族になったら、
まず、「なぜ殺したのか」を知りたい、と思います。

=============
という部分は、今でも変わっていないです。(文字色の部分)


自分の兄弟が、アメリカで犯罪に遭い、病院に運び込まれたが意識不明になりその後死亡した、という男性がツイッターでツイートしていて、私はリツイート(リツイートボタンで転載)したのですが、今はその方はアカウントは残っているものの、ログは残されておらず、つぶやいてはいません。

私のつぶやき、そして死刑制度についてリツイートしたものだけが、
ツイログに残されています。
もしよければ、ご覧下さい。
こちら→@upishi1970c 2013年01月13日(日)54 tweets

「私は日弁連で死刑廃止に取り組んでいる弁護士です。」
とおっしゃっている、櫻井光政さんという方のツイートです。
こちら→https://twitter.com/okinahimeji/statuses/290504912759042048

もう一つ、こちらを紹介します。
弁護士辻孝司オフィシャルブログ: 2012/11/24 死刑廃止への道~京都女子大学公開講座 11.24~
この方のブログの記事に、
「会場に、兄を強盗に殺された遺族の方が来ておられました。
事件からずっと犯人を憎み、死刑制度も当然だと思っていた。
でも、だんだんと死刑に対する考えが変わってきた。
そういう意見を言えないことがつらいと語っておられました。
とても重い言葉でした。」

と書かれていますが、私がツイッターで見かけた犯罪被害者遺族は、
「兄を強盗に殺された」というその方だと思います。


今日は、死刑について、
いろいろリンクしながら書きました。
死刑制度を考える上で、参考になれば、と思います。
私は、死刑制度は廃止するべきだと思っています。
これからも、私自身も考え続けていきます。



抗がん剤使用の是非について---サイト紹介です。
2013年11月04日 (月) | 編集 |
おはようございます。(アップする頃には、こんにちは、です)
タイトルが長くなってしまいました。
タイトル変更しました。
この前、ツイッターだったと思いますが、流れてきた情報について、です。

ファイザーという薬会社の、「マイロターグ」という、抗がん剤(日本では白血病の治療に使用されている)が、2010年にアメリカで販売中止になったが、日本では現在もまだ使われている、というニュース。

サイト:
薬害オンブズパースン会議 ファイザーの抗がん剤マイロターグが米国で販売中止2010-11-02より、一部抜粋、転載。

=======================ここから。

ファイザー社は2010年6月21日、骨髄のがんである急性骨髄性白血病(AML)治療剤マイロターグ(Mylotarg、ゲムツズマブオゾガマイシン)を米国市場から自発的に撤去すると発表した。同社は、最近の臨床試験成績がマイロターグの安全性について新たな懸念をもたらしたことと、マイロターグが臨床試験に参加した患者において臨床的な利益を証明することに失敗したことで、FDAの求めに応じてこの措置をとったものである。

・・・・
米国で市場撤去になった理由では有効性の問題とともに、死亡の増加、重篤な肝臓障害の増加という安全性問題がポイントとなっている。患者の安全がかかっていることから、日本でも販売を一時停止して精査すべきであろう。

========================ここまで。


追記:すみません、携帯から、タイトルを変えたのですが、
「タイトル変更しました」の文字を入れたら。全部ここから先、記事が消えてしまいました。
というより消してしまいました。失敗です。
かなり、母の病気について時系列で書いたのですが・・・。
もう一度書く気力がないです。

すみません。

再追記:抗がん剤に関するリンクを、表示しておきます。

薬害オンブズパースン会議 白血病治療薬「マイロターグ」に関する公開質問書送付2011-10-27 

マイロターグ点滴静注用5mg(サイト:「QLife Pro」)
改訂記号: **年月: 2011年2月改訂

ファイザー株式会社 「マイロターグ点滴静注用5mg」のご使用に関するお願い 2010年11月pdfファイル

ブログ:「現在のガン治療の功罪~抗ガン剤治療と免疫治療」
より、腫瘍内科医 2006_01_29
(ブログ管理人の梅澤充さま、事後報告で申し訳ないです。
リンクさせていただきました。)


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