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文房具は楽しい
2008年03月31日 (月) | 編集 |
昨日出かけた帰りに、県内では一番大きな文房具やさんに寄ってきた。
いろいろな種類の物が売っている。

私は本当に文房具が好きである。
ノート類、ペン類、‘何これかわいい~’と思う物。

書く物は、ちょっと渋い・・というかオジサンっぽいけど、万年筆が好き。

小学校だったか中学に入ってすぐの時だったか、先生が添削してくれる文字が
自分たちとは違う‘大人の字’で、先生ってすごいな~、大人はすごいなぁ~と思っていた。
その時から、万年筆を使ってみたいと思うようになった。

短大の入学祝に、東京の叔父から万年筆をもらった。
これが初めての、自分用の万年筆。特に有名なメーカーの物ではなかったけど、とても感激した。
わーい、私も大人になったよ~(短絡的だけど)。

で、就職してから自分自身で1本購入。
3000円くらいだったかな。
日記はその頃から断続的に書いていたけれど、私は‘浮気性’なので
その時々に流行していたペンで書いたり、鉛筆に戻ったりと、
だんだん万年筆からは遠ざかり、ほとんど使わないでいた。

おととしの春ぐらいに、また突然万年筆で書きたくなって、10000円のを思い切って買った。
そしたら、あらぁ、書きやすいわ~。やっぱりいいなぁ万年筆。
日記も断続的だったのが、万年筆を使うのがうきうきしてしまい、毎日書くようになった。

ネットで文房具屋をブラブラしていると、いやでも他の万年筆が目に付く。
当然、欲しい。
というわけで、去年の春には(ちょっと値が張っちゃったけど)
本体がセルロイドでできている万年筆を買ってしまった。
(セルロイドは、私が小学校低学年くらいまでは、まだぎりぎり出回ってたかな。その感触が好き)

去年の誕生日にはダンナが、新しい万年筆をプレゼントしてくれた。
5本になった。(叔父からもらったものと3000円のは、引き出しにしまってある)

今では日常的に、メモを書くのでも、おととしからの3本を使っている。
というか、使わないとインクが詰まってしまったりして、傷みやすい。
まあ、インクを抜いてしまっとけばいいんだけど、使わないとね、やっぱり。


この3本の中でどの万年筆が一番使いやすいか?
それはね・・この中の3本ではないのです。

「プラチナ」というメーカーの、‘preppy万年筆<03>’という
カートリッジが1本付いて200円のもの。
ペン先がアルミだかステンレスだか分からないけど、
上の3本のようには光り輝いてはいない。
本体もスケルトンでいかにもプラスチック、という感じ。
でもこれが一番、書きやすいかも。



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眠い・・花粉症zzz・・
2008年03月27日 (木) | 編集 |
爽やかだなぁ、今日は。
洗濯物もよく乾く。
このいい時期なのに、私は花粉症。
今きっとピーク?なのかなぁ。

個人輸入で買ったセレスタミンが全然効果なくて、もう( ;´Д`)いやぁぁぁぁぁー!
と思っていたら、ああ。そういえば、一日にどのくらい飲む、
とかそういうことを全然見てないで根拠なく、一日に一回飲むだけだった。
で、昨日検索してみた。
あれま。成人は一日1~4回、とか書いてある。そうか~、それで効かないんだ~。
1日に3回にしたら、よく効くのはいいんだけど、とにかく眠い。
んー、眠い。何をするにも時間がかかってどうしようもない。
でも、飲まないとつらいし。

カンボジア経由・・と書いてあったから、個人輸入って複雑なんだなぁと思ったけど、
入れ物と説明書がフランス語。
英語なら何とか分かるものを、フランス語。
でもまあ、文句は言えない。
というか、だから飲む前に検索すればよかったんだね~。

お医者さんに行って「アレグラ」を出してもらえばいいんだけど、
なんか、面倒。買ってしまったから、これ使わないともったいないし。



ニュースで、東京の上野公園の桜が八分咲きとなり、見頃を迎えたと言っている。
家の近くの駅の桜も、咲き始めた。

このいい季節なのに、花粉症で頭ぼやーん。

うぐいすが鳴いたり桜が咲くのに、どうしてか心が晴れない。
花粉症のせいだけじゃない。
悪い風じゃないけど、風が心の中を吹きぬけていくようだ。
いや、でも悪い風じゃない。



あの時私は、母の運転する車に揺られて、窓から満開の桜をぼーっと見ていた。
とても不安で、来年の桜は・・と思わずにはいられなかった。
来年の桜は・・そう、今まさにそう思いながら、いろんな事と闘っている人も多いだろう。




『さよなら、青い鳥』
2008年03月25日 (火) | 編集 |
ああ、今気が付いたけど、「任意のジャンルのテーマに投稿できます」の、
ジャンルの欄、「ブログ」にしたままだったけど、
ブログだと・・PC関係って感じになっちゃうんだね。

ここから先の記事、事情があって消してしまいました。
コメントくださった方、すみません。


「きっこの日記」の続き
2008年03月24日 (月) | 編集 |
さっきはブッシュ大統領の悪口書いたけど、
そういう自分だって、いろいろアメリカに頼らないとやっていけない日本の国民の一人なんだよね。
だから私だって、本当はおおっぴらに人の悪口言ってる場合じゃないんだ。

でも、重大な事を知らないよりかは、知っている方が少しは、ほんの少しだけましかも知れない。
何となく、流されるのは怖い。知らない間に、私一人分だけど殺戮に加わっていることになる。


頭が重くなってきた。せんべいバリバリ食べすぎ。
こんな事を書きながらせんべい食べすぎなんて、間が抜けている。イヤになるよ惰性で食べてて。
ごめんなさい。


近所の犬のヒロくんのことが気がかりだ。
暖かくなってきたから少しはいいと思うけど、それ以前に家の人はもっとヒロくんを可愛がってあげてほしいなぁ・・。でも、ぼろくなったタオルケットぐらい入れてあげようかな。汚れたら捨てちゃえばいいんだし。置手紙でもすればいいかな。いちいち考えてやだな。勇気がいる。
私とうぴしが行くととても嬉しそうだ。私の顔に鼻をぶつける。ううー、ヒロくんほっぺが冷たいよ~。それに、ぬるぬるするよ。でも可愛い。
私達以外にも、ヒロくんをヨシヨシしている人は多そうだ。人懐こい。でも家の人はヒロくんのことを何だと思ってるんだろう・・まったく。



許せない事---「きっこの日記」より
2008年03月24日 (月) | 編集 |
朝からン~パカ♪な気分だったのに、ドーンと落とされるような「きっこの日記」の
記事を見てしまった。
「きっこの日記」は毎日ではないけど、たまに読む。
重いのはどうしようと思ったけど、見過ごせないので書く。

‘何に対して許せないのだろう’と思った方は、今日の「きっこの日記」を読んでほしい。

まず・・沖縄で女子中学生が米兵に暴行された事件。
私は、中学生が告訴を取り下げてしまったというのを聞いたとき、性被害に遭ってこれからそのことと闘うというのはあまりにも心に負担が大きいのかな、でもなぜと思った。
でも、そうではなくてネットの世界で、「夜遅くに少女が出歩いてる方がおかしい」と米兵ではなく少女の方がまるで悪いかのような言い方をされていたようだ。
ええっ。でも、うちの母も同じようなことを言っていたのを思い出した。
母とニュース番組を見ていたとき、このニュースが流れていた。
私は、「こういうのは絶対許せない。しかもまた米兵か。よく考えてみれば、なんでこんなに長くずっと米軍が居座ってるの?ダンナは‘日本は敗戦国だから仕方ない’と言ったけど、じゃあ未来永劫そうなの?」と思った。
でも母は、「なんで、この女の子はこんな時間にこんな人について行っちゃったのかねー。まず、そこがおかしい。親は何をしていたのかね。こんな時間にミニスカートで歩いている方がおかしい。」
と言った。
それはそうかもしれないけど、でも、まず、女の子に暴行なんてことをした人間がいちばん悪いんじゃない?
あの時のことを思い出した。イラクのファルージャで日本人の人質3人が「自己責任論」で責め立てられた事。そんな所に行く方が悪い、と。
私は今でもあの時の世論には納得がいかない。これはまた今度書こう。

今日の「きっこの日記」では、2005年と2006年にイラクのバグダッドで米兵が起こした、にわかには信じがたいような事件を取り上げている。
ニュースの元がどこから、というのが書かれていないのは少し気になるけれど、これが本当なら・・何と言っていいのか、全く言葉を失ってしまう。絶句だ。絶句に絶望。本人たちの死ぬ間際の絶望は、いかばかりだっただろう。
去年の今頃、映画の『ブラック・ホーク・ダウン』を見た。すごく重かった。
その光景に、2004年のファルージャ掃討を思い出し、今ファルージャの人たちはどうしているのだろうと気になって検索してみた。すると、パレスチナのことが詳しく書かれているブログにつながり、またそこにリンクしているブログからファルージャのことを知る事ができた。
ここでも、女の人に対するひどい暴力が取り上げられていた。
ただの「イラク人」じゃなくてちゃんと名前があって、そこで生活している人たち。被害に遭った女の人の名前も書いてあった。ひどくて書くのはためらわれるけど、中には妊娠中なのに暴行されて流産してしまった人もいた。涙が出てきた。
体の後遺症も心配になるし、そのことで本人だって家族だって重荷を背負っていかなくてはならないし、そういうことを想像すると言葉を失うしかなかった。
こういうことは、あまり伝えられてはいない。大体、大局だけだ。
ブッシュ大統領は一体、こういうことを知っているのかが気になる。
一人一人のイラクの人のことを考えた事があるの?いい服着て‘世界の警察’ヅラしてるけどさ、アンタ手が真っ黒。豆腐の角に頭をぶつけて○○!!と言いたくなるところだけど、
私がもしできるのだったら、大量破壊兵器もないのにイラクを侵略した罰として、ブッシュ大統領を地雷除去の最前線に送り込みたい。そこで、ねじまがったその根性を叩き直してやりたい気分だ。そういう人は、他にもいるけど。

どこに書いてあったか忘れてしまったのだが、さっきの沖縄の中学生は、出版社の新潮社から、「話を聞きたい」と言われたらしい。新潮社はその少女の名前と住所をどこかで聞き出したのか。
それも少女が告訴を取り下げた原因になったのかな。誰だか忘れてしまったがある作家は、新潮社から本を出すのをやめた、と言っていた。前にも新潮社は、そういうことがあったらしい。
性被害に遭った中学生からしたら、新潮社の行動には嫌な思いをしたと思う。



鳥さんの声
2008年03月24日 (月) | 編集 |
あーあ、日付が変わっちゃったよ。
でもまだ寝てないから、今日でいいかな。

午前中に1時間ちょっとくらい、うとうとしてしまった。

春の居眠り。気持ちいい。

そしたら、うぐいすの鳴き声。どこだろう?近い。
多分、隣の家の木かな。
叔母に聞いた話では、昔から必ず、この時期になるとうぐいすが来ているらしい。
でも、どの木にいるかは姿が見えない。うぐいすさん・・いい声だよ。

夕方には、日が暮れた後こうもりが飛んでいた。
こうもりが頭に当たったら面白いのになー、とぼんやり思ったけど、
頭には当たらなかった。



のどが渇く?
2008年03月23日 (日) | 編集 |
昨日、今日とどこかでお祭りがあったようで、花火が鳴っていた。
それだからか、うぴしがやたらと落ち着かない感じで、
ずっと吠えたり、そわそわしたりしていた。

水もガブガブ飲んでいる。
私「どうしたの?うぴし。」
う「何か落ち着かないよ。ハァハァ・・」
そうか、あの花火の音が嫌なんだね。


ちょっと前に気が付いたんだけど、ブログってカテゴリー別に分けられるから、
うぴしの記録としても使えるね。
一応、うぴし手帳もあるけど、書いておいて手帳がどこかに行っちゃうと
どうしようもない。

私用の手帳(日記帳)にも、これとは別にいろいろ書いてある。
けど、それはとても人に見せられたもんじゃない。(当たり前だけど)
主語も述語もなくて殴り書き。内容もここにはとても書けない。
どこかの引き出しにしまってあるとかじゃなくて、そのまんま出してある。
ダンナはそういうのはこっそり見たりしない。そういう人だ。
でも、もし見られたら大変・・。
このブログも、だけど。


飼い主は花粉症がひどい。
母が取っておいた薬をもらって飲んだ。
そしたら、眠くて眠くてしょうがない。
んー、眠い・・。



また変えちゃったよ
2008年03月22日 (土) | 編集 |
いろんなブログを見ていたり、コメントしたりしているけど、
そこでの名前は(一部を除いてそんなにコメントしていないけど)
自分のものである。(あるいは地域の名前)
(名字だけ)漢字で実名で書いているところもある。

自分のブログではどういうもんかな・・と思ったけど
(家族のことも書くし)
やっぱり落ち着かない。
この、Okというのは名前のどこの部分かというのは言えないけど、
自分の名前の一部分。

私はどこか変わっているのか器用ではないのか、
ただ単にネットに免疫が無いためか(こっちだと思う)
自分をいつもの自分ではないように振舞う、というのが出来ない。

もちろん他のブログを訪問するときには、
まんま自分を出してしまうとブログ主を不快にさせてしまうので、
そういうことは気を付けないといけない。

でもここでは・・地でいく。
これでやっと、しっくりくるかな。



テンプレやっぱこれ。
2008年03月22日 (土) | 編集 |
HNにしてもテンプレにしても、なかなか同じものが続かない。
うーん。しっくり来るのがなかなか無いかな。
でも、この桜島のは気に入っている。
この開放感がいい。
ピンクもよかったんだけどなぁ。狭い感じがちょっと。

ちょっと独り言なんだけど(いやまあ、公開されてるけどねこれ)、
ブログの訪問の仕方が下手なのかな私。
まあ、下手なんだろうねぇ。どこ行っても浮くか、やっぱり。
浮くねー。

ダンナは私のことを「言動がアブちゃん(『北陽』の虻川さん)」だという。
ええー、そうなの?そんな。(あ、でも顔は似てないヨ)
でも、少し当たっているかな・・。
もう少し女らしくならないとだめだねぇ、んー。
(‘女らしさ’かぁ。やはり必要なのか?・・とは何ぞや。)

まあ、独り言。フフフ。

月が綺麗で、うれしい。まだまだ。



日記
2008年03月22日 (土) | 編集 |
夜更かしさんをしたら、お寝坊さんになってしまった。
気が付いたら8時前になっていた・・うう、頭痛い。

悪い夢を見た。まだはっきりと、憶えている。

私は海外ドラマが好きである。
その中で『LOST』というドラマがシーズン3まであって、
2,3話見るのを忘れてしまったけど、あとは全部見て、印象に残っている。
この春、シーズン4が始まるらしいけど。

その、『LOST』のシーンに自分がいた。

『LOST』は、シドニーからロサンゼルスに向かっていた飛行機が、
乱気流に巻き込まれてどこか南の島に墜落してしまう。
でも、一向に救助隊が来る気配は無い・・そこから、生存者たち48人のサバイバルが始まる・・。
と、要約するとこんな感じなんだけど、
いろんな困難が待ち受けていて、死んでしまう人も次々出てくる。
島にいるのは自分たちだけと思っていたら、敵意を持った以前から居る人もいるようだ。
結局主人公たちはシーズン3では、元いた世界に戻る事ができた。

今日見た夢は、元いた世界に戻れる寸前、というところで始まった。
『LOST』では日本人は出てこないけど、夢には外国の人も含めて
ドラマと同じくらいの人数の人が出てきた。
やっと家に戻れる・・と思って不安になりながらも、
飛行場(?)に向かう車に乗ろうとしたとき、私たちのグループとは違う人達が襲ってくる。
そして、どこかの家(?)のような所に追い詰められて、
なぜか塩酸のような液体が入った銃(?)のようなもので、襲われる。
他の人の中には溶けてかかっている人がいて、私にも塩酸がかかり、
いやああー!死ぬうううー!
というところで目が覚めた。
なんちゅう夢だ。後味悪い。何か意味があるのかなぁ。



頭の痛みはだんだん良くなってきた。

今朝はうぴしをかなり待たせてしまった。
もう日が高く昇っていて、やはりうぴしはハアハアいっていた。
ごめんね、うぴし。おまえを第一に考えなきゃね。
今度から大幅な寝坊はしないよ。と、うぴしに誓った。



また、ビミョーな悩み
2008年03月21日 (金) | 編集 |
今朝は、寒いのか暖かいのか、中途半端な気温だった。
ナイロンシャリシャリズボンとフリースタートルネックTに、カーディガンを着て散歩に行った。
山の方では雪が降ったみたいで、粉砂糖を降りかけたみたいになっている。
少し、風が冷たかった。


靴下が、穴が開きそうになっている。
これがまた、ビミョーな悩み。
一ヶ所しか穴あきそうじゃなくて、しかも他の所はなんともない。
以前、穴があいてしまった時もったいないので、
他のぼろい靴下を切って当て布にして、繕ったことがあった。
そのあと、まあまあ長い間はけた。

だけど裁縫苦手。穴があきそうなやつを取っておいては、やろうと思ってそのまんま。
で、結局台所で油ぞうきんにしちゃったり・・・もったいないじゃん。
まあ結局、だから、面倒がらずに裁縫苦手とか言ってないで、
繕わなきゃね~。もったいないじゃん。
でももちろん、出かけるときには、はいていけないけどねぇ。


朝ごはんを、すごくたくさん食べてしまった。
食べすぎだ~。
どのくらいかって、あきれられてしまうので、ここには書けませんよ~。
ああ、食べすぎ。




あれから5年・・イラク戦争
2008年03月20日 (木) | 編集 |
イラク戦争から、もう5年も経ってしまった。

あの時ちょうど、母が腰の治療で東京の病院に入院していて、
私は母と一緒に、「開戦」の様子を病室のテレビで見ていた。
夜だったかな。NHKだったと思う。
最低なことに私は、まるで隅田川の花火中継でも見るように、「始まったね」と言った。

きっとイラクの市民には、‘この日のこの時間に空爆が始まる’
ということは知らされていたのかもしれないけど、
あの建物の中にはまだ人がいるかもしれない・・などとは感じさせないような、
「無機質」な始まり方。戦争の‘始まり方’って言うのも変だけど。

「空爆」という言葉の、他人事のような響き。
「空爆」=「クウバク」だ。

「空爆」・・・1999年に確か、コソボ紛争があって
『NATOがコソボを空爆』というような新聞記事があった。
その時もクウバクだ、と思った。全然他人事なその言い方。

今日の朝日新聞によると、5年間の死者は
イラク民間人・・・最大約8万9千人
          (イラク・ボディーカウント調べ)
        又は15万1000人
          (大半は非戦闘員、世界保健機関推計)
米軍の死者数・・・3975人(08年3月12日まで)
殺害されたジャーナリストの数
        ・・・127人(08年3月12日まで)
となっている。

新聞記事や、大手テレビ局から報道される、「自爆テロが起きました」という写真や映像は
たいてい、修羅場の後だ。
建物や車がめちゃくちゃになっていて、血の跡が残り
けが人を同じイラク人が何か叫びながら運んでいる。
お決まりな感じだ。        
          
でも実際は、ネットやブログなどを通じてしか分からないが、
建物の硬い破片が人間のやわらかい体を直撃し、バラバラにする。
命が助かったとしても、一生背負わなければならないような障害が残ってしまった人もいる。
まだ生まれて3ヶ月なのに死んでしまった子。
妊娠中の人だって、かなり死んだだろう。

一家の大黒柱のお父さんを亡くして、極貧の生活を強いられている人たちだって多いだろう。
「道路より低いところにある家なので、雨が降ると家の中が水浸しになり
一晩中立っていて、眠ることもできない」
という、夫をイラクのこの戦乱で亡くした女の人が嘆いている記事がこの前、出ていた。
私は絶句した。


そして、今日の朝日『市民の暮らしはいま』という、特集記事。
「首都バグダッド・巨大な 壁スンニ派囲う」・・壁?

記事によると、
「バグダッドはいたるところコンクリートの防護壁で分断されている。
・・・北部のアザミヤ地区は西側をチグリス川が流れ、
3方を5キロにわたって高さ3.5メートルの壁が囲む。
出入りは検問所のある3ヶ所だけだ。
・・・住民の大半がスンニ派で、周りはシーア派地区。
06年2月のシーア派聖廟の爆破をきっかけに激化した宗派間対立で、
ここでもテロや誘拐などが相次いだ。
壁は米軍が昨年4月につくった。」と、ある。

壁・・。思わず、イスラエルがつくったあの壁を思い出した。
あの壁は、甚大な人権侵害の壁だと思う。

記事には、「反米強硬派の・・」とか、「米軍に協力するスンニ派の・・」
という、「米・米軍」が出てくる。

イラク戦争が開戦される前、(戦争というか、侵略・・?と思ってしまうが)
バグダッドの市場で日本のテレビカメラに向かって無邪気に手を振る人々がいた。
いろんなものが売られていて、のんびりした空気。
その時に私は、「今からここに爆弾を落とすの?」と思った。
「戦争」という言葉からかけ離れた平和な感じ。

フセインに弾圧されていた人も確かに多かっただろう。
でも難しい大局などは分からないが、そんなのおかしいよ、爆弾を落とすのはやめてと思った。


これからイラクはどうなってしまうのだろう。
米軍が撤退してしまったら、内戦のようになってしまうのかな。
かといって、一度「戦争」など起こしてしまったから、複雑というよりもうぐちゃぐちゃだ。
小さな子どもが犠牲になっているのは憤りを感じる。
いや、老若男女の犠牲にも。
米兵の死にも。

私たちはこういうニュースを目や耳にするたび、
「まだやってるの」などと思いがちだ。最低なことに、私なんかは一瞬そう思っている。
そして、でもこんな所にいたってイラクのために何も出来ないじゃん、とも思っている。
でも、知らないよりはマシかもしれない。何が起きているかを。




13年前の今日、東京の地下鉄でサリンがまかれた。

駐車場での出来事
2008年03月19日 (水) | 編集 |
病院に行ってきた。
県内で1,2かの大きな病院なので、しかも明日が祝日だからか
とても込んでいた。
まず、駐車場が込み込み。表の駐車場のほうはものすごく並んでいたので、
裏の、3,4台しか並んでいない方に行った。

そこの裏の駐車場は、ざっと見て40台くらいは停まれるのだけれど、満杯。
だから、1台が出たら1台が入るという風にするしかない。

で、じーっと待っていたんだけど、1台が出て私の前の車の人がもたついていたら、
その前に、横から来たオバちゃんがスーッと横入りしてしまった。
ええっ、ちょっとオバちゃん。
見ると、けっこう年配の人。70歳代くらいかな。
うーん、なんかそういうことするなんてヤだなと感じつつ、
おばあちゃんのようだし、切羽詰ってる感じだし、しょうがないか。
と思っていたら、私の前の車の人はあきらめて出て行ってしまった。
ええっ、もうちょっと待ってれば入れるよ~、と思ったけど行っちゃった。
うーん・・横入りはやめてよ・・。

で、まだまだ待っていた。
私の前にはもう車1台しかいないという時に、
なぜか駐車場の中に、1台大きい車が所在無さ気にいる・・。
あれ?1台出たら1台入るんじゃないの?私の前の車が入った。
一定方向にしか移動できないように線で誘導してあるので、案の定、
その大きい車はどいて、駐車場の中を一周して、また元の位置に戻った。
だよねぇ・・ってことは、次の1台が出たら、そこに入る気?
やっぱりそうだ~。入っちゃったよ。じゃあ、私のスペースないじゃん。
他に空いてる場所とかないよね?ない。
で、今度は私が所在無さ気にしている車になってしまった。
でも、あの大きい車みたいな事すると、ヤなヤツになっちゃうじゃん。
というか、延々と1台分足りなくなる。

私の車はワゴンRで、小さい。
いいやもう、と、邪魔にならないスペース(本当は停めてはいけない所)
に車を停めてしまった。
さっきの大きい車の人は、私とは目を合わせようとしない。
病院に出入りする業者っぽい感じの人だった。

さっきのオバちゃんといい、この大きい車の人といい、
人間性がそういうときに出てしまうような気がする。
「人の振り見て我が振り直せ」だね。
私は急いでいても、そうはなりたくないわ。




ん?スペース空きすぎ。どこか変なとこ押したみたい。

帰りに妹の家に寄ってきた。
アオイちゃんは父が行くと泣くけど、私だと喜んでくれてる(ような気がする)。
だっこしたら、また重くなっていた。



飼い主病院へ
2008年03月19日 (水) | 編集 |
今日は私が病院へ。精神科。
4週に一度なんだけど、先生は全面的に私の話をそうですねぇ、と聞いてくれるので、
それがうれしいかなぁ。

それよりも本当は今日は、花粉症がひどくて、そっちの方に行きたかった。
目がかゆすぎる。何故か、右目だけが赤くなっているのが恥ずかしい。

個人輸入の「セレスタミン」は、のどが渇いてトイレが近くなる割には、
あまり効いていないような・・。しかも、眠い。
とりあえず自分で人体実験してみたけど、うぴしが肉球炎になっても
この薬はやらない方が良さそうだ。

帰りに妹のうちによって、アオイちゃんに会ってこよう。

「管理人のみ見られます」の、コメントの見方が分からない。
帰ってきてから見よう。



うぴし経過観察
2008年03月18日 (火) | 編集 |
動物病院に行ってきた。
ちょっと遠いので、一部高速を使って快適なドライブ。
うぴしは最初窓から出たがったりしたが、
母と一緒におとなしく景色を見ていたりして、到着。

獣医さんが診察したところ、やはり腫瘍が首にあり、
ピンポン球くらい。

「大きくなっていますか?」と聞かれたので
「いいえ、2週間くらい前に気が付いたので大きくはなっていないと思います。」
と言うと、
「もうこんなに年をとっているし、手術は大きなストレスになるので、
このまま様子を見ましょう、
もしかしたら大きくならない場合もあるし、その前に・・」
と獣医さんが言いにくそうだったので
「その前に、寿命がきて死んでしまうということも・・ですか?」
と聞くと、そうですねぇ・・とのことだった。

そうだよねぇ。14歳4ヶ月は、人間でいうと80歳くらいだという。
うぴしは元気な80歳なのかなぁ。

結局、飼い主が気をつけて定期的に腫瘍の大きさを確かめて、
1~2ヶ月に一度は連れてきてくださいと言われた。

うぴしが衰えてきているのは、少しずつ目に見えてきていた。
前ならひょっと登れた少し高い段差が、
もう無理になってきた。
登ろうとして、「ああ、無理だ」と判断したうぴしの顔を見てしまった。
日が長くなって、朝の散歩で日に当たりながら歩くと
ハァハァして足取りがのろくなってしまう。

でも、老化現象だ。受け入れるべきものなんだよね。
うぴしは本当にいろんな事を私に教えてくれる。



帰ってきていろいろやってご飯を食べたら眠ってしまった・・。
春は眠くなるね。
ああもう~、目がかゆい。




うぴしの運命は・・
2008年03月18日 (火) | 編集 |
テンプレを変えてみた。春だから、ピンクもなかなかいいね。
気分も少し変わるし。

今日は今からうぴしを動物病院に連れて行く。
私運転、母がうぴしと後ろに。
母がうぴしと一緒に・・というか、今日行くこと自体が負担にならないかなぁと思ったけど、
大丈夫だという。良かった。まあ、うぴし車に乗るとおとなしいし。

ずっと前、父と一緒にうぴしを連れて行った時はとても大変だった。
父運転、私とうぴし後ろ。
でも、急ブレーキをかけるし急発進するし、曲がる時もスピード落とさないし、
私は窓ガラスやあちこちに頭をぶつけまくって、
うぴしは前と後ろに座席の間に、すごい勢いで落ちちゃうし。
着いた時は吐きそうだった。父に乗せていってもらうのは懲りた。

うぴしは自分の運命をまだ知らない。
日なたぼっこをしている。



殺人事件
2008年03月17日 (月) | 編集 |
20歳の夫が18歳の妻の首を絞めて殺した、というニュースを見た。
20歳に18歳?

うーん。
もちろん男性18歳女性16歳になれば結婚していいんだけど、
それにしても、別れを切り出されたくらいで
あまりにも簡単に命を奪うなんて。
18歳でそんな事で死んじゃうなんて。
20歳で人殺しなんて。


私のこのブログって、なんか暗いかなぁ。昏(くら)いというか。
まあ、半分は独り言みたいなもんだから、思ったとおりに書く。

HNを「yamane」に変えた。「yahweh」はやはり、罰が当たりそうでコワイ。
yamaneというのは決してアンガールズの山根クンが好きなわけではなく、
「ヤマネ」という、ねずみのような小動物のこと。
山麓にある「ヤマネミュージアム」で、冬眠している様子を公開しているらしい。
冬眠しているヤマネ、かわいい。
冬眠中は、体温が0℃近くまで下がっているらしい。不思議。





バーチャルな私
2008年03月16日 (日) | 編集 |
夜、「笑点」を母と一緒に見ていてバカ笑いしていたら、
母がスーッと部屋を出て行った。もしかして、私に引いてた?

妹は私の状態を母から聞いてえらく心配になったらしく、
「山頂でアイロンをかけている人」の新聞記事を母に持たせ、
お姉ちゃんこういうの見たら気分転換になるよ、と言っていたらしい。

まあ確かに、あまりにも感情の起伏が激しすぎる。
とにかく今は、元に戻った。


パソコンは壊さなかった。
ダンナのだからとか妹のだからとか、そういうんじゃなくて
もし自分の物でも、壊さなかっただろう・・。

余計な事をごちゃごちゃ考えていた。
こんなブログやっていたって、ただ文章を垂れ流しているだけじゃないかとか、
いろいろ。
実際の私は名前も顔も体もあるのに、なんか虚しいな、
とかいろいろ。

前に自分のブログのことを「閉じた世界」と表現している人がいた。
その時は、どういう意味か分からなかった。
閉じてる・・?
でも、インターネットで公開されてるじゃん。いろんな人に見てもらえる。
そういう意味じゃなかった。分かったような気がした。


結局のところ私は、つながりを求めているんだ。
だから、パソコンを壊すことなどできない。
実際に触れ合うことができるわけじゃない。
けど、それを言っちゃったらおしまいだ。
インターネットはツールと思えばいい・・。


パソコンをぶっ壊したい
2008年03月15日 (土) | 編集 |
今すぐ、パソコンをぶっ壊したい。
2階から硬い石の上に落とすか、お風呂の水の中にぶち込みたい。

実際はダンナの物でもあるから無理だけど、
本当は今すぐにでもそうしたい。

パソコンを開いては、あんなものこんなものを探している。

一体私は、何を探している?
何を探しているのかな。何を探しているんだろう。


ビミョーに悩むこと
2008年03月15日 (土) | 編集 |
雨上がりの朝だ。なんとなくけだるい。

耕作放棄地に残された無残な一本のスモモの木が、
雨に濡れて少し息を吹き返したような。
地面には草が生えてきて、オオイヌノフグリみたいな小さな花も咲いている。
でも木のほうはまだ、冬のままという感じ。

スモモの木にはよく見ると蕾ができている。
着実に花を咲かせようと、どの木も必死のようにみえる。



ビミョーに悩むというのは、本当にどうでもいいことなんだけど、
古くなったズボンをどうするか、ということ。

私は普段、ほとんど家にいる。
普段着はほぼ、上から下まで全身ユニクロ。
なにしろ、ベーシックで値段も安いし、まあまあ長持ちする。

けど、悩ましいのがズボン。(ズボンはパンツと言った方がいいのか?まあいいや)

畳にこたつという生活空間なので、ひざが擦り切れてしまう。
新しく下ろしてから、2年くらいでそうなるかなぁ。
でも、ひざは擦り切れてしまうのに、ウエストや太ももの辺はなんとも無い。
おしりの辺は少し擦れているけど、まだはける。

でもねぇ、ひざが擦り切れちゃうとそのままはいていると
どんどん破けちゃうし、かといって不器用な手先で縫って繕ってはいてると、
庭にいるときに近所の人や宅配の人と出くわした時に、なんか恥ずかしいしね。

そのまま捨てるのも、もったいない。ひざが切れただけでねぇ。
今までのは、母にかわいく直してもらってはこうかと思って、
とって置いたこともあるけど結局、捨てたりうぴしの小屋の敷物にしてしまった。

ナイロンシャリシャリズボンは強いので、相当何年も経つのにまだ現役だ。
でも、デニムやチノパン、コーデュロイパンツは弱いんだよね。
そのまま捨てるのはやっぱりもったいない。
結局ハサミで分解して、油を拭き取ったりするのに使うしかないかなあ。
最初から、家ではく専門のズボンとかメーカーは・・考えた事あるかな・・ないか。



肉球カミカミ
2008年03月14日 (金) | 編集 |
とうとうこの時期が来た。
朝の散歩でうぴしの脚がカクーン、となったので
「ああ、やっぱりもう歳だなぁ・・」と思っていたら・・
そうじゃない。
小屋の中で肉球を噛んで、よだれでビショビショになっている。

よく見てみると、噛み過ぎて肉球というか足の指の肉が見えてしまっている。
ありゃぁ・・。こうなると、塗り薬だけじゃなくて飲み薬も飲ませなきゃならない。

私「うぴし、肉球カミカミだめじゃん。痛いよ。歩けなくなっちゃうでしょ。」
う「(上目遣いで)だって、カユイんだもん。」
私「(小屋の中に頭を突っ込む)うぴし、よく見せてみな。ほら、前脚かして。」
う「(目が険しい)ウウッ!やだ!何かするんでしょ!」

うぴしの指の間には、毛がたくさん生えている。もじゃもじゃ。
あたたかいとムシムシして、炎症を起こしやすくなる。
大変な時期が、今年もまた始まった。

雨が降っている。
雨が・・。


うぴし・・元気だしモコモコ
2008年03月14日 (金) | 編集 |
なにしろ、3月というのは毎年調子悪いような気がする。
朝から頭痛いし。老人の体体験用スーツを着てるみたいだし。
ああ、でも体年齢老人だったりして・・。

でも、私の体調などにはおかまいなく、うぴしは元気だ。

私のしつけが悪いせいもあるけど、朝、下に降りていくと
「早く!散歩!散歩!ごはん!」と吠えまくる。
あのさあ・・頭に響くよ・・静かにしてよ・・
と言ってもまあ、ひとの言うことは聞かない。

そしてスニーカーの紐を結んでいる私の周りを、
ひとの服に鼻水をつけながらまとわり付く。
鼻で体当たりされると、うぴしの鼻脂で変なしみになってしまう。要注意。

お散歩をして、足拭き体拭きのあとにうぴしを抱きしめると最高。

この時期は冬の間に蜜に生えた被毛がまだちゃんとあって、
抜け毛もあまりなくてモコモコしていて、極上の触り心地。
うぴし~~、とついしつこくしてしまうが、散歩とごはんの後だと大丈夫。
それ以外の時だと、しつこいなあもう、と怒られてしまう時がある。
オオカミっぽいんだよね、怒る時が。
ふざけながら怒ってる。

ああもう、すぐお昼になってしまうね。
もううぴしのごはん用意しとかなきゃ・・。


祖父に会えたら聞きたいこと。
2008年03月13日 (木) | 編集 |
私の父方の祖父は、多分明治42~43年生まれである。
出生地は新潟の十日町。私の実際の名字は祖父からのもの。
8人~9人兄弟の二男、と祖母から聞いた。

どういう人だったかというと・・・
父や叔母、祖母から聞いた話では、穏やかな感じの人だったらしい。
写真を見てもにこやかに微笑んでいて、そんな感じ。

小さい頃、「この人誰?」と聞いて、おじいちゃんだよと言われ、
優しそうな人だなと思ったのを憶えている。

その祖父が持っていた写真の中に、私が高2の時に初めて戦地の祖父を見てからかなり経って、
「人を殺している場面もあった」と聞いた。

祖父と祖母は、どういう経緯かまでは知らないが、
お見合いで結婚したと聞いている。祖母26歳の時である。
ここら辺もあまり定かではないが、
父が乳児くらいの時は祖父の仕事の関係で東京にいたが、
東京大空襲の時は、千葉の羽田に避難していたので無事だったということだ。

今気が付いたけど・・祖父が一度目の召集を受けたのは写真で見ると、
1937~8年。父が生まれる3年くらい前。
じゃあ、まだ結婚していない時に戦地に行ったのか。
死ぬかもしれないとか、そういうこと考えてたのかな。
「バンザーイ!」と、みんなに言われて送り出されたのかな。

続く・・。


残りの薬を飲んだら、眠い。目も、顔もかゆくて嫌になる。
効いてると思うけど、ああ・・・早く花粉の時期終わらないかなぁ。



オーバードーズ
2008年03月13日 (木) | 編集 |
オーバードーズ。・・と浜崎あゆみ風に言うとカッコイイ。
・・いや、よくない。(・へ・)bイクナイ!

今日はあまりにも花粉症がひどい。特に目にきている。
じゃりじゃりしたように痛みつつ、かゆい感じ。もう涙目。
私はくっきり二重なんだけど、
腫れぼったすぎて気持ち悪い感じになってしまっている。

しょうがないので、去年うぴしの肉球の炎症のために、
輸入代行業者から個人輸入で買った、
「セレスタミン」というステロイド剤を昨日に続いて飲む。
どうも昨日のひどい眠気は、この薬の影響もあったのかな。

眠すぎると困るので、半分にしておく。
昨日より効き目は少ないけど、飲まないよりはマシかな。

私は何かあるとすぐに薬に頼ってしまう傾向がある。

「セレスタミン」は、あまりにもうぴしが肉球に炎症を起こすので
そのたびに動物病院に行くのも大変なので、ネットで調べて人間用のを買った。

そこで、いろんな薬が手に入ることを知った。
私が飲んでいるSSRIもあった。
最初から知っていれば病院なんて行かなくて済んだのに・・と、
妹に「ネットで売っててね、SSRIもあってさ、
もうちょっと増やせば早く治るかねぇ」と話してみたら、
「だめだよSSRIなんて勝手に自分で増やして飲んじゃあ。躁転しちゃったら大変だよ」という。
私「ソーテン?」妹「躁転とは、ああだこうだ・・・」
私「ええっ・・そうなの!?」

とにかく、そんなものを勝手に増やして飲んだら、
大変な事になるところだった。よかった。

しかし・・抗不安薬がなくなりそうになると不安なので、抗不安薬を取っておくために、
ちょっとした不安の時は風邪薬や「トラベルミン」を飲んでしまう。
抗不安薬自体も、少し多く飲んでいるかも知れない。
それより、不安と対決する事が本当は大事なんだけど。


ただ、この前のニュースは気になった。
インターネットで売られている薬には、純正品ではないものがあるということだ。
とくに、バイアグラとか。
または、ダイエット薬に有効成分が含まれていない、とかある。
バイアグラの偽物を作っている中国の製造現場の写真はすごい。
セメント工場?何を作るところ?汚らしい。
いろんなものを混ぜて青く色をつけて、「ファイザー」と刻印すれば、分からない。
うーん、怖い。




新聞紙~
2008年03月12日 (水) | 編集 |
♪新聞紙が舞ってるぜ ah 彼女が待ってるぜ ah♪
新聞紙をかぶって寝てしまった。意外とあったかい。
午前中眠ってしまったのに、午後も眠ってしまった。
もういや。
中年太り?かと思ったら体重同じ。ウエストきつい。体だるい。

母が今日は昼間ごはん食べに行こうと誘ってくれたけど、行かなかった。それどころじゃない。
だってさ~、私は何もしていない。何もしてない・・。
まず家事第一。それができてなきゃね・・。

まったくもう、嫌になる。体調悪い。

ところで・・何となく心配になってきた。
ブログは続くのだろうか?いや、続けるぞ!

大空襲・公園に埋められた死体
2008年03月12日 (水) | 編集 |
『写真版・東京大空襲の記録』(早乙女勝元編著)という新潮文庫の本は、
確か2~3年前に買って、パラパラとめくって読んで、向き合う気にはなれなかった。
あまりにも重い。
でも最近、何となくフツフツと、もしかしてこの世の中の空気が
嫌な方向に向かっているんじゃないか、というような気がして、向き合おうと思った。

こんな所で私が書いていたって、海の一滴かもしれない。
でも、忘れてしまうのは怖い。
そんな気分だ。


桜の満開の夜に、よくTV中継で東京の上野公園でのお花見の様子が映し出される。
でも昨日その本を読んで、初めて知ってびっくりしたが、
3月10日の東京大空襲の死者が、火葬抜きで地域の公園や空き地に
一時的に埋められた、とある。
上野公園では8400体が埋められたらしい。

『写真版・・』によると、
当時の「東京都防衛本部」は、太平洋戦争末期に東京都が大規模な空襲に遭うことを想定し、
死体の処理の仕方、用意しておくものをマニュアル化していたようだ。
「棺は約1万個を準備し、火葬場2ヶ所と15ヶ所の埋葬場とが
ひそかに指定されていた」
とある。
でも、実際は死者10万人。間に合うわけがない。
「もはや骨つぼはおろか、ありあわせの木箱も紙袋も必要としなかった」
とある。
ここから先は、引用。

「当時警視庁の管轄下にあった都消防部の記録によれば、
橋上から運河を、路上から避難先の学校校舎、体育館までびっしりと埋めつくした死体は、
ほとんど原型をとどめていなかった。
たとえば深川区北部に位置する東川国民学校を例にとれば、
講堂いっぱいに累積されたのは焼死体の山であったという。
それは巨大な佃煮の堆積に似て、一体ずつを引き離すことができなかった。
完全に炭化した肉体の手足部分は、
あっけなくぽろぽろともぎれ落ちたからである。
 仕方ないので、死体処理班は鉄カブト、ボタン、ガマ口の口金などによって、
死者数を算定せざるをえなかった。鉄カブトを二個かぶっていた人はいないはずであるから、
一個で一体とし、そこに五個のボタンと、一つのガマ口の口金を添えた。
これで、一体という具合である。
まれにガマ口を二個持った人もいたかもしれぬが、一体に一個とみなすよりほか、
数字の割り出しようがなかったのであろう。」

・・上野公園にそのまま埋められた死体は、その後どうしたか・・
「戦後、昭和二十三年から三年間にわたり、
東京都はこれらの死体を発掘し火葬して都慰霊堂に納めたが、
もちろん地下の遺体が総ざらいされたわけではない。」

そして本の冒頭に戻るが、
昭和58年に東京・墨田区の菊川公園で中学生が犬の散歩中、
3月10日の東京大空襲の犠牲者の人骨を発見する。
大腿骨で、大柄な男性ではないかと想像される、とあるが、
どこの誰だかは分からない。


東京大空襲を忘れてしまうのは怖い。
過去を忘れるのは、次の戦争につながらないともいえない。
でも今の時代、焼夷弾などではなく、ひとたび戦争ともなれば、
あっけなく核か何かで死んでしまうのか。
忘れてしまう気分が、怖いんだ。

日本人が中国でしたこと・・「重慶大爆撃」も忘れてはいけない・・。
重慶大爆撃の犠牲者を写した写真がある。
こんなひどい遺体って・・。東京大空襲と同じだ。

現在の戦争・・「テロ」とか「インティファーダ」とか「テロとの闘い」とか言い換えてるけど、
暴力には暴力だ。そのことも、忘れないでいたい・・・。
特に、善玉を装って侵略するアメリカのような国。

人権擁護法案って何?15日に可決?
2008年03月11日 (火) | 編集 |
この前2ちゃんねるを見てバカ笑いしていたら、
人権擁護法案可決がどうのこうの・・という長い書き込みがあった。

ああ、よく意味なく投下されるやつかなぁ、こういう人いるんだよねと思っていたら、
あれ、「人権擁護法案」て確か何年か前に浮上して、廃案になったアレなの・・?
と思ったらそうだった。
以前、「盗聴法」が可決されそうな時はマスコミでかなりとりあげられていたけど、
これも何年か前は騒がれていたような気がするのに、
どうして今回はこんなにひっそりとしているのかな?

2ちゃんねるに投下された文章は、かなり切羽詰っていた。
でも、人権擁護なんだからさぁ、いいんじゃないの?と思っていた。

けど・・昨日あるブログを見ていたら、
そんなのん気なこと言ってる場合じゃないような気がした。

ううーん・・そうなの?そりゃけっこう恐ろしい。
もしかして、私がここで公の人(例えば政治家とか)を批判したりしたら、
それだけで人権侵害になっちゃったりして・・?
などと思ってしまった。

で、『サルでも分かる?人権擁護法案』というのをリンクしてみた。(「リンクする」でいいのかな)
リンクとトラックバックの違いがいまいちよく分からないけど、
もし興味がある方は、見てみてください。
今さらどうにもならないのかもしれない。だって、3月15日に可決される見通しらしいし。
でも、何も知らないよりはマシなのかなぁ。



ところで、昼間から2ちゃん見てる「主婦」って、キモい?
ああまあそうだよね。そりゃそうだ。
でも、2ちゃんねるのあのバカスレは笑えた。
「名スレだ」といってる人がけっこういたけど同感。
だってさ、抗不安薬を飲むよりずっと効く。

それでも・・昼間頑張って働いている人からすると、又は、
育児で頑張ってる人からすると、「何してるの?」だよね。うーん・・。


「何してるの?」か。
スーパーで十何年とか、何年ぶりとかに偶然行き会った昔の友人や、
微妙に近所の人に行き会うと、かけられる言葉。
その言葉、辛い。


休みが欲しい( ゚д゚)ホスィ…
2008年03月11日 (火) | 編集 |
何だか、やはり体調悪い。お腹遺体。びっくりした。じゃなくて、痛い。

『「主婦」という言葉は、明治の中ごろに誕生し、大正にかけて広がった』そうだ。
『「主婦」という言葉は「オカミサン」のニュアンスに近く、
「教養の低さを示す、ぬかみそくさい言葉と思われていた』
だそうだ。(by主婦の友社80年史)

大体その頃からか、と思ったらやっぱりか。
「教養の低さ」ねぇ。分かるなぁ。見下されているような感じがする。

もういいや今日は愚痴だ。

疲れたなぁ。私も1日でいいから、
何も家事のことを心配しなくていい日が( ゚д゚)ホスィ…。
じゃなく(´・∀・`)欲しい。
要するに、一人暮らしだって家事をやらなきゃならない。
だけど、2人いるのに私がやらなきゃならない雰囲気、
って決まっているのが疲れるんだよね~。

私は自由ではないと感じる。
何かひどく身動きができないような感じがする。
・・・しなければならない、自分はこうでなければならない、と自分を縛っている。

でもそれを拒否してやりたいようにやったら、
家の中はうまくいかないだろう。
だから結局、うまくいくもいかないも私にかかっているのか。

子どもには恵まれなかった。
だから私には存在価値があるのか、ずっと考えてきた。
ましてやお金を稼ぐ仕事もしていない。

私の存在は何なのか。
ずっとこのまま主役にはなれなくて、脇役か舞台裏のスタッフでいるのか。


猫たちの悲劇、戦争。
2008年03月10日 (月) | 編集 |
大方の人は、今日が何の日かなんてパッと思い出せないだろう。
思い出せないというか、知らないというか。
東京がアメリカ軍に爆撃で焼き尽くされた日。
私はどうしても、沈んだ気分になってしまう。

戦争というものを、初めて感情として恐ろしいと感じたのは、
小学校1、2年生の頃の学校で見た映画によって。

内容は、‘猫達が大きな火事に巻き込まれる’というものだった。

人形劇映画みたいな感じだったかな。
何匹もの猫が、毎日を平和にのんびり暮らしていた。
ある日の夜、火事を知らせるサイレンだったか、半鐘の音。
遠くの方で火事が起こっている。
・・でもそこで私は、子どもながらに普通の火事じゃない、
なにか得体の知れない怖さを感じたのを憶えている。
火は猫達の方にも迫ってきた。
でも、あまりに大きい火事だ。
逃げ惑う猫達。でも、逃げ切れない。
そこから先は記憶がはっきりしていないが、みんな死んでしまったのだと思う。
猫達の平和な日常ははそこで断ち切られてしまった。
「圧倒的な暴力」という言葉こそ知らなかったものの、それを感じた。

そしてその後、学校で「東京大空襲」があったことを勉強する。
『ガラスのうさぎ』のような映画も見た。
新聞の読者特集や、『写真版・東京大空襲』
という本も見た。

私は戦争というものを直接知らない。そういう人が人口の多くを占めている。
だから日本の戦時中を知るには、文字や写真で見る。

高校2年の時、どういうきっかけでか忘れたが父方の祖父の写真が出てきた。
軍服を着ている祖父が写っていた。30歳~35歳くらいの時か。
びっくりした。
祖父は2度召集令状を受け1度目は日中戦争へ、
2度目は太平洋戦争で、ニューギニア方面へ出征したようだ。
現地での写真がたくさんある。ニューギニアでは現地の人と一緒に写っていた。

日中戦争の写真の裏には、「北支」と書いてある。
北支とは北支那(きたしな)のことで、今の中国北部だと思う。
その後知ったが、中国の主要な都市を日本軍はかなり爆撃したらしい。

特に「重慶大爆撃」は数年前のサッカーの反日騒ぎの時に初めて知った。
今調べてみると1938年~1943年の5年半に及んで、爆撃による死傷者は6万1300人、
うち死者は2万3600人負傷者3万7700人とされている、と
『重慶大爆撃被害者の謝罪と賠償を求める闘い』というブログに出ていた。
(これとはまた死傷者数が違うサイトもあった)

父から聞いた話では、祖父が持っていた写真は他にたくさんあったらしいが、
人の首を切り落としたり、殺しているような場面のものは
捨ててしまったらしい。
祖父がそういう爆撃や殺戮に加わった事があるのか。
祖父は戦争から帰ってきた2年後くらいに、胃潰瘍をひどくして亡くなったと聞いた。
命日は偶然にも、私の誕生日と同じ日だ。
祖母も死んでしまった今、はっきりしたことは分からない。
長い・・続く・・。


HNについて・・あはは・・
2008年03月10日 (月) | 編集 |
一つ前の記事をUPしてから時間があったので、
他人のブログをあれこれと何気なく見ていた。

そして、yahweh ブログで検索したらこのブログのタイトル出てくるかな~、
などと思い検索してみた。まあ、当然出てこないね。
私っておめでたいわ・・。
              
それよりも、大変な事を発見してしまった。

このyahwehというHN、実はテキトーに付けた。適当、じゃなくて本当にテキトーに。
・・というのは、ダンナのPCメールのアドレスの始まりがyhwhで、
以前「yhwhって何?」と聞いたことがあった。

ダンナはなぜか、キリスト教やユダヤ教に興味を持っていてやたら詳しい。
私がその質問をしたら目がキラーンと輝いて、
うんちくを傾け始めた。
その時はふんふんと聞いていたが、何かにつけて始まると面倒になる。
で、ああそうか、前に聞いたやつねとなるのだが、うんちく止まらず。

このブログの最初のHNは「うぴし」を変形させたやつで、
無理やり考えた。
それが原因で変なコメントでからかわれたように感じたので、変更。
次は、実名を変形させたもの。
でも自分以外の家族の事も書くのに、これはよくないと変えようと思った。
そこで出てきたのが、いつも聞かされているyhwh。

いろんな呼び名がある、と聞いていたので
大して考えも無くウィキで調べて、別称であるyahwehにしてしまった。

私自身は宗教には興味がない。これで変なコメントも入らないだろう、と軽く。
最近気付いたけど、変なコメントは自動的に入れているようだねぇ。

でもさあ、そうだったのぉ~。「yahweh」ってさー。
検索して詳しく調べた。
・・・なんか、恐れ多いじゃん。こんなの使ってたらバチが当たりそう。
かといって、今さら他のHNにするのもなぁ。
これはこれなりに愛着が湧いてきちゃってるし。
でもバチ当たりそう。どうしよう。

なんでこんな名前にしちゃったんだ。うーん。いいや、神様も許してくれるさ。と思おう。
明日月曜日なのに寝る前なのによくないと思ったけど、
気になってパソコンいじってしまった。

寝なきゃ。薬に頼りたくない時は、ラベンダーの精油。