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絵本:「クリスマス くろくま」
2014年12月25日 (木) | 編集 |
こんにちは。

クリスマスももうすぐで終わり、そうすると、あっという間に年末モードへ----
そんな時間帯になってきました。
もう暗いから、こんばんは、かな。


今日は、絵本の紹介を少し。
「クリスマス くろくま」という、絵本です。

クリスマスくろくま―おはなし・くろくまクリスマスくろくま―おはなし・くろくま
(2012/10)
たかい よしかず

商品詳細を見る
この本は、家から車で7~8分の、町の本屋さんで見つけました。
一日、どうしようかなぁと考えてから、購入。

私が買って読むくらいだから、大人向けでもあるの?と思われる方もいるかも。
読者アンケートには、「お子さまの生年月・性別は」という項目があり、
私の年齢でこの本を・・と、レジに持っていくのに少しためらいましたが、
(店員さんは、プレゼント用だとみていたかな)
24ページのお話なのですが、内容は、大人でも十分楽しめます。

くろくまくんと、動物のお友だちで集まって、プレゼントを交換します。
そこで、思いがけない展開が。

「ああ、そういうのあるねぇ」と、あたたかく笑えるような絵本です。
キツネさん!?…という場面もあったり。
最後に残ったおおきな箱は、誰が持ってきたのでしょう・・・(^^
開けてみたら、そこには-----


少し遅くなりましたが、みなさん、Merry Christmas!

願いごとが、かなえばいいな・・・



===========ここからは、ついでに載せた画像です。もしよかったら。



[READ MORE...]
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「善」のブランド---「宮崎駿」なのか (辺見庸氏のブログを読んでみて)
2014年11月16日 (日) | 編集 |
きのう4~5日ぶりに、辺見庸ブログを読みました。
辺見さんのあるひと言で、私は「ん?」と思いました。

辺見庸ブログ:
日録1―8 私事片々 2014/11/11~(2014/11/12の記事)
の中で辺見庸さんは、

========================ここから一部転載。

ただたんに在るだけの現実世界に、人間がただたんに在るだけというのは、おもえば、バカげている。ただたんに在るだけというのは、じつは酷薄なのである。ただたんに在るだけの現実世界には、仔細にみれば、なにか危ういものが刻々闌けてきている。それにたいし、ただ無害であるだけの(そう主観的におもいこんでいる)人間存在というのは、むしろ酷薄で冷酷であり、ほんとうはすこしも無害ではありえないのだ。ただたんに在るだけの民は、けっして無辜ではない。だんじて。無害で善なる民は、存在として、酷薄で冷酷なのだ。〈ひどく卑しいもの〉にこそ、みいだすべき自己存在のヒントがある。唐突だが、この点で、わたしは宮崎駿をいとう。その延長線上で、『時間』の「わたし」=堀田善衛のありようをしばしばいぶかる。〈悪〉の、〈善〉とみまがう多重構造が描ききれていないか、描くのを避けているかのようだ。結果、ニッポンはすくわれる。かれらは善の顔をした〈ふつうにナニゲにすこし卑しいもの〉であり、存在論的には〈ひどく卑しいもの〉よりも、より卑しいのではないか。妻子が日本兵に強姦され惨殺されたというのに、血の復讐ではなく、さかしげに「新しい価値」をかたり、マタイ受難曲を想う中国人の「わたし」というインテリは、たんに被害者をじにんする者または〈ふつうにナニゲにすこし卑しいもの〉であるがゆえに、〈ひどく卑しいもの〉なのであって、〈知的〉善面がだんだん鼻もちならなくなる。

======================転載ここまで。(太字部分は私による)

辺見さんはブログで、堀田善衛という人の作品:「時間」について語っています。
私は堀田さんの作品を読んだこともないのですが、
辺見さんの言う、〈ふつうにナニゲにすこし卑しいもの〉や、〈ひどく卑しいもの〉
はおおよそ分かるような気がしました。
私自身はおそらく、〈ふつうにナニゲにすこし卑しいもの〉に属するでしょう。

そして本題です。
辺見さんは文中で、「唐突だが、この点で、わたしは宮崎駿をいとう。」
と書いているのですが、確かに、唐突でした・・・。
このコラムの終わりのほうで、
宮崎駿ていどの口あたりのよい〈正義〉で、闌けてくるこの卑しさと戦えるか。
(※注:「闌(た)けて」=【闌ける】=まっ盛りになる。また、盛りを幾らか過ぎる。)
とも、書いています。
さらに、コラムの終わりのほう、抜粋。(色つき文字)
戦うからには、市民的安全圏をも戦線にするくらいの覚悟がなくてなにができるというのか。戦うからにはこちらも相応に傷つくしかない。このクニの卑しさはそうまで闌けてきている。どんどん悪擦れしてきている。
これを読むと、単純に「では、武器(本物の武器・兵器)を持ったり、空爆されることも覚悟で、ということ?」と辺見さんが考えていると思ってしまうが、このクニの卑しさはそうまで闌けてきている。どんどん悪擦れしてきている。(下線は私)というように、そのくらい酷いということを辺見さんは言いたいのだと思います。

そういう辺見さんからすると、宮崎駿さん映画というのは、映画に政治的メッセージ(環境破壊への警鐘・戦争反対)が隠れているように思えるのですが、それが"生っちょろく"見えるのでしょうか。


では、私は、宮崎駿さんのアニメ映画をどのように思っているかといいますと、
例えば、「風の谷のナウシカ」や「もののけ姫」は難しい。
(私が宮崎駿さんのアニメに、そんなに興味を持っていないせいもある)
そうはいっても、面白いと感じる作品もあります。
「魔女の宅急便」は、"少女の成長"だとか、評論家みたいな人は言っていますが、(そういう小難しいことは置いておいて)主人公の女の子は、あの男の子と友達になれてよかったと思いました。
また、何がテーマなのは分からないですが、絵と音楽が美しくて好きなのは、
「千と千尋の神隠し」です。
水の上を走る電車、女中さんたちが雑魚寝する寝室・・・窓が開け放たれた青い空・・
言葉では言い表せないですが、懐かしさで胸が締め付けられそうになる感覚。
忘れていた。「カリオストロの城」もいいですね。
ルパンかっこいいし、銭形警部の名言も!


私はブログタイトルに<「善」のブランド---「宮崎駿」なのか>と書きましたが、
どのアニメもそういう部分はあるでしょうが、
特に宮崎さんのは「ブランド」みたいになっているなぁ、とは思います。

「ありの~ままの~」の歌詞で有名な、「アナと雪の女王」。
私はアナ雪は見ていないですが、ネットでの感想などを見ていると、ではありますが、
宮崎アニメとアナ雪に通じるのは、「きれいごと」なのかな。
そんな風に感じます。


自分のことばかりですみません。
私が唯一、これは好きだというアニメは、「攻殻機動隊」です。
ストーリーがとても複雑なので理解するには大変でしたが、
連続テレビアニメでは、本編ストーリーとは関係のない「ミニスピンオフ」のような
話があります。
アンドロイドや機械の中に人間の脳が入っている。
その脳が焼き切られれば本当の死になるのですが、
そういうことに関連して悲しい話や、何ともいえない気分になる話もあります。



オオカミをほとんど犬だと勘違いしていた私
2014年07月29日 (火) | 編集 |
こんにちは。

最近は連日35℃超えの日々でしたが、昨日、今日と比較的涼しかったです。
といっても夏は暑い!まだまだ、暑さが続きます。
そこで、ページをめくると涼しそうな(寒そうな)写真がたくさん載っている写真集を、
眺めています。
雪の中にいる、オオカミたち。

写真家のジム・ブランデンバーグさん著の、
「BROTHER WOLF」(ブラザー・ウルフ)という本(中古)の紹介です。(6月に購入)

(1995年3月/講談社/写真・文…ジム・ブランデンバーグ)


「犬とオオカミはは同じ先祖である」、というのを最初に知ったのは、
平岩米吉さんの本です(以前にもブログで書きました)。

犬の生態犬の生態
(1989/05)
平岩 米吉

商品詳細を見る

「犬の先祖は狼」、という言い方もされていますが、(検索したら、『オオカミは犬の祖先ではないと判明!』(最新の情報かもしれない)というのもあった)とにかく私は、(私は、です)
「犬とオオカミは似ている。そっくりと言ってもいいくらい。シベリアンハスキーとかシェパードは、大きさからして特に似ている。犬の延長みたいな感じが強いわ」という感じで、
オオカミ≒超大型犬と自分の頭の中では思っていて、「分かっているからいいや」と、
平岩さんの本の、オオカミに関する部分、流し読みしかしていませんでした。

ところが数年前。オオカミと人間が仲良くしている動画を発見。
で、見てみたら。
オオカミたち、カメラを持っている人とじゃれているのですが、
オオカミの「声」が、犬が「ハッハッ、ハーッ」というような息の音ではなく、
どう聞いても「唸っている」声・・・。
ガルルルルルル…フガルルルルr
そんな感じです。

写真家のMonty Sloanさんと狼たち。(多分、この動画か同じようなもの)


 ↑ オオカミたち、唸っています・・。
これを見て、「オオカミは犬の延長ではないな・・・大きい犬だと思っていたけど・・
これは、熊より危険かも・・・」
と、感じました。(のん気だった私)
(熊に襲われても、リュックでも何でも持っているものを投げたり、少しでも自分を大きく見せようとすれば何とかなるイメージ)(←その考えものん気だが)(けれどオオカミは、それじゃ納得しなさそう。群れでいるし頭もよさそう…集団でオオカミに襲われたら、ひとたまりもない・・怖)
と、思いました。


すみません。本の紹介なのに、前振りが長すぎました。

「BROTHER WOLF」、32センチ×25センチ、大型本で紙質がよく、
写真は、どれも良いと思いました。
オオカミがかっこいいです。(この本に出てくるのは、北米の「シンリンオオカミ」)
長く鋭い牙をむき出しにした表情、獲物を追う鋭い目つき、・・・
写真を見るだけでため息をついてしまい、言葉では説明できない魅力にとりつかれます。
「BROTHER WOLF」の序文に、作家の椎名誠さんの言葉がありますが、
椎名さんはモンゴルで見た(そこではモンゴル人がオオカミを捕まえてきて、飼っていたそうです)オオカミを、
『まだ子どもだ、というのだがとてもそのようには見えない骨太の立派な身体と、狼の真髄ここにありといったような一切の妥協を拒む鋭い目をしていた』と表現しています。
モンゴルでは、野生のオオカミの遠吠えも聞こえてきたそうです。
狼の『一切の妥協を拒む鋭い目』・・・・憧れます!(余談ですが私は妥協だらけの人間)

「BROTHER WOLF」、購入してから写真は何度も何度も見ましたが、
ジムさんの文章は、ざっと読んだ程度。
「オオカミは犬の先祖である」という項、近年の北米にいるオオカミの保護状況、
獲物の存在を知らせる「ワタリガラス」と狼との関係も書かれている。
私が一番心に残ったのは、
「オオカミは犬の先祖である」の項の106ページの部分です。
一部抜粋して転載させていただきます。===========ここから。
「まちがいなく、オオカミはイヌではない。はるか昔に気質が変化している。だからこそ私は、狼を愛玩動物として飼おうとする試みを許せないし、オオカミとイヌの人工交雑も気にいらない。家畜化の長い過程を今また繰り返す必要などないし、とにかく、それは数世代以上かけても、異種交配によっても、やり直すことなどできはしない。狼の太古の知能に触れたり、狼と一緒の暮らしを考える楽しさが、人々に狼やその雑種を飼ってみようという気を起こさせたことを否定しようとは思わない。しかしその試みは、あまりにしばしば悲しい結果に終わっている。大型の動物はときとして、かなり攻撃的になるため、所有者はうんざりし、殺してしまうか、檻に入れてしまう。なかには、こうした不幸な動物を自然界に解き放とうとさえする人もいるが、自然の中では、かれらは死ぬか、家畜を殺すようになるかであり、こうした強奪がしばしば狼のせいにされてきた。」
====================転載ここまで。

「BROTHER WOLF」は1995年の本ですが、その後出版されたオオカミ関連の本をネットで探して要旨だけを見たり、またはテレビの海外ドキュメンタリーで見たところ、
北米の「イエローストーン保護地区」の、発信機をつけられたり学者に観察されているオオカミ以外にも、ウルフパークのような広大な、飼育施設のような場所にも、オオカミもいるということが分かりました。
(「保護」下にはなく、まったく野生の群れの狼もいるという話もあります)

上の、ジムさんの言葉のこの部分:狼の太古の知能に触れたり、狼と一緒の暮らしを考える楽しさが、人々に狼やその雑種を飼ってみようという気を起こさせたことを否定しようとは思わない。しかしその試みは、あまりにしばしば悲しい結果に終わっている。
とても、いろいろ考えてしまいました。

と、書き出すとまとまらなくなるオオカミ談義ですが、
ここで私はふと、前述の犬の研究家・平岩米吉さんの著書を思い出しました。
ジムさん:『だからこそ私は、狼を愛玩動物として飼おうとする試みを許せないし、』
はい、、それは私も同意です。
・・・って、アレッ。平岩さん、確か自分の家でオオカミ飼ってなかった!?
あわてて、本棚から本を取りに走りました。
あった。平岩さん、オオカミを飼育していました。飼い馴らしている!?

「第一章:犬の先祖」の中の[オオカミの性質]の中で【オオカミの馴れた例】
で、

 ↓ p34.図 11 著者の馴らしたオオカミ
F1000264 平岩米吉 朝鮮オオカミと

と、ちょっと小さめなオオカミと戯れています。とても嬉しそうな平岩さん。
平岩さんは1898年(明治30年)生まれですから、
この写真、30歳としても、1928年 (昭和3年)くらいかな。
いっしょに映っているオオカミは、p24の図6でチョウセンオオカミの子(平岩さん飼育)の子供のころの写真が映っているので、チョウセンオオカミかと思われます(チョウセンオオカミが今は生息しているのかどうか、不明です。調べていません)。
平岩さんの「犬の生態」、研究もさることながら、犬が好きで好きでたまらない、
という雰囲気が伝わってきます。

というわけで、ちょっとグダグダになってしまいましたが、紹介終わります。

そして、ちょっと余談。
モンゴルで思い出したのですが、オオカミではないのですが、
牛の生首を拾ってきたという、モンゴルの犬。
ブログ:夕暮菜日記(麻生さん)より、『蒙古単車紀行譚8/20-21』(2008年08月30日)
(この記事よく覚えています。リンクさせてもらいました)
何の種類の犬か分からないですが、大型犬かな。
牛の頭なんて相当重いだろうに、
可愛い顔をしていながら、なかなかワイルドだなぁと思いました。(^^)

----------------------

※この記事のカテゴリ、「どっちでもいい話」になっていましたが、
「好きな詩・歌・本・絵」のカテゴリに変更しました。(8月3日)

この次の更新、なるべくそんなに間を開けずに書きたいと思っています。


歯が丈夫な人は、健康で長生きな傾向があるかもしれない。報道写真家、福島菊次郎さん。
2013年10月20日 (日) | 編集 |
10月1日のツイートから、抜粋。報道写真家の福島菊次郎さんについて。(「誅裕仁」)(2013年10月01日 (火)の私のブログ記事)
の続きです。

なんと偶然にも最近、このブログのリンク先の「アナーキー読書感想文」の管理人、うごさんも、福島菊次郎さんの本について取り上げていました。
「菊次郎の海」福島菊次郎(2013-10-13)

139ページ。
『広島の取材に精魂を傾け家業を疎かにしたことが、その愛も家庭も店も破綻させた。そのうえ、徳山に開業したカメラ店に雇った、妻とは正反対の気性の激しい女性と恋に落ちて錯乱し、時計屋を廃業し精神病院に入院した。
 そのことが僕を写真家にする動機になったが、・・・』
という部分、(斜め読みしながら繰り返し読みもしたりして、時間がかかっています。しかし、某・大作家の小説より面白い!)(うごさんが「ずっと私が気になっていた、彼の写真家になろうとした動機。詳しく書かれていたとは言えませんが、」と書いていますが、私も同感だった)、
そうなんですよね・・「写真家になった」動機が、いま一つ、鮮明ではない。
それはちょっと、置いておいて。

福島さんは、広島市内で原爆で被爆した、中村杉松さん(中村さんとは1952年に出会ったそうである)を、撮影しました。
被爆した中村さんの生活を追った、「ピカドン ある原爆被災者の記録」
を出版しています。
ここにありました。Days International 日本語版です。
リンクしておきます。
広島の被爆者 中村さんの記録

私は映画も見て、福島さんの写真集

証言と遺言証言と遺言
(2013/03)
福島菊次郎

商品詳細を見る

を購入しましたが(上のDaysのリンクに数枚写真が載せられています)、
その16ページ。
『僕は撮影のストレスで精神病院に入院した。プロの写真家になったのは退院後である。』
とありますが、
【写らなかった戦後2 菊次郎の海】で『妻とは正反対の気性の激しい女性と恋に落ちて錯乱し…』の時と、ちょうど重なったのでしょうか。
いずれにしろ、まさに波乱万丈(私は使い慣れない言葉ですが、この言葉しか思いつかない)な人生・・。
被爆した中村さんは、漁師でしたが、体の状態が悪すぎて、仕事が出来ません。
しかし、何人もの子供を一人で養わなければならない。お金を稼がなくてはならない。
続けて漁に出るのは体調が悪く無理なので、休み休み、出たそうです。
でも、その「休み休み」というのは甘い表現で、仕事から帰ってくると倒れこむ、そんな状態だったようです(映画「ニッポンの嘘」で見ました。中村さんの生活そのものが凄絶でした。被爆の影響で病気になり開腹手術をしたり、苦しみのあまり、その苦痛から逃れるために内股を自分でカミソリで切ったりその部分は凄絶。私は映画館で見ていてつらかったです)


そして、斜め読みの私、うごさんとはまったく違う視点で、
福島さんのことを「すごい」、と思いました。

それは、現在(ここ2~3年)の福島さんです。
元々健康体ではあったでしょうが、福島さん、かなり「満身創痍」な感じです。
それなのに、90歳代になっても、比較的お元気なのはすごい、
私も見習いたい(まだ40代なのにこんなこと言ってちゃいけませんが、)
と思いました。

【写らなかった戦後2 菊次郎の海】で注目したのは、その点です。
特に、本の終わりの方、
〔 Ⅶ 長い旅の終わり 〕の章で、
(387ページ、福島さんが、かなり歳を取ってからの入院の様子)
『〈看護婦研修生が入れ歯の話を聞きたいと言っていますが……〉と婦長に言われた。
・・・(中略)
年をとると歯茎が急速に老化・変形するので、歯科医がどんなにいい入れ歯を作ってもすぐガタがくる。僕は彫金家で高度な技術を持ち、歯科医と同じ道具で仕事をしているで、新調した入れ歯は最終的に自分で調節していた。』
と書いていますが、私はそこに感服・・というか、感心してしまいました。
(福島さん、子供の頃(の自分)は歯並びがきれいだった、とも書いています)

年をとると、歯が大事になってくるなぁ、と、自分の家の近所のお年寄りを見て、
私は感じていました。
97歳で亡くなった向かいのおじいさんは、90代で大腿骨を骨折するまで、ほとんど医者に行ったことがなく、歯医者も行ったことがないと言っていました。自分の歯がたくさんある、と言っていました。
お隣の現在94歳のおばあさんも、かなり、自分の歯が残っているように見えます。

だから、福島さんが「自分で入れ歯を調節する」というのを読んで私は、
「入れ歯でも、自分で自分が具合良いと感じるほどに調節できれば、
ちょっと合ってないなと思っても、自分ですぐ出来るから、歯医者さんに行くまで待つとか、その間にさらに衰えるとかがないから、福島さんは食べ物を食べ、
元気でいられるのかもしれない」
と思いました。

自分の歯で食べられる、または、入れ歯でも、食べ物をよく噛んで食べることが出来る・・・
それって、大事だなぁ。
と、ちょっと横道に逸れてしまいましたが、そんな感想でもあります。
また、読みに戻ります。


所ジョージさんの歌を紹介します。所ジョージさんのことを私はよく知らなかったが、歌はロックだった。
2013年10月05日 (土) | 編集 |
こんばんは。
おととい(10月2日)の朝日新聞に、面白い記事が載っていました。
所ジョージさんがyoutubeで曲を発表していて、「自由に使っていいよと本人が言うから勝手に引用すると…」(『CM天気図』の筆者、天野祐吉さん)ということで、
紹介されていた。
下の、紙面です。

20131004171139_convert_20131004172115.jpg

所さんの歌、youtubeで聴いてみました。
(ちょっと余談・・・私のPCは2002年製のバイオですが、古いのか私の使い方が雑なのかわかりませんが、ある時から音量が制御不能になりました。途中で再生が止まってしまったり。そういう時には、画面横から「空手チョップ」を食らわします(皆さんは絶対に真似しないで下さいね)。すると、何とか聴きたい曲を聴くことが出来ます)

天野さんが記事で取り上げていた、「情報どおりの大満足」

自由に使っていいと、所さんが天野さんに言ってそれが新聞に載っているということは、私も使っていいものと受け取り、youtube画像を貼り、歌詞を書き起こしてみました。

【情報どおりの大満足】-最近の唄10-
(youtubeの公開日に「2013/07/06」とあります)



安全に 守られて 永遠がONのはず
身体つき 気にとめた 機械に乗れば おとなりも
情報どおりの満足

脳みそ 何で あんだヨウ

閉まるはず 止まるはず 消えるはず 届くはず
有効期限 気にとめた 書いてあることが印刷で
手書きじゃないのが 満足

脳みそ 何で あんだヨウ


身近に感じた手にしたものが 
たやすく無くなり なくてもよくて
つもりが重なり 絵になるだけの
理想の自分は ツールが頼りで※

脳みそ 何で あんだヨウ

誰ひとり 見ず知らず
ひとりごと 聞き分けて
乗り損ねのないように
出来ないことには 足を引き 興味をなくして 満足

脳みそ 何で あんだヨウ

パソコンと コンビニと 電源を使う役
イメージは 生きてゆく とりあえず感が中心で
簡単なことに 満足

脳みそ 何であんだヨウ

静かに流れる 時代の風や 
ほのかに感じる 命のかおり
自分のウンコは なかったことに
理想の自分は いいネであふれて

脳みそ 何で あんだヨウ

※繰り返し

脳みそ 何で あんだ 脳みそ 何で あんだヨウ


=====================================

これは、
「脳みそ 何であんだヨウ」という言葉が、心に突き刺さります。
その通りだよ・・と、曲を聴きながらしみじみ思いました。

誰ひとり 見ず知らず
ひとりごと 聞き分けて
乗り損ねのないように
出来ないことには 足を引き 興味をなくして 満足

というのは、何気なく思い当たります。ツイッター、とか。
「乗り損ねのないように」・・・。何に乗り損ねるのかな・・
「理想の自分はいいネであふれて」は、facebookかな。

フォロワー数 毎日 気にして馬鹿みたい

何でもかんでも インターネットで ggrks(ググれカス)

脳みそ 何で あんだヨウ

(ちょっと真似してみました)

あと、もう一つ。私が面白いと思ったもの。

【最近の唄】-唄で世を嘆く日々-
(2012/10/08公開、とあります)
これは、野田さんが首相だった頃の歌かと思われます。





歌詞の気になった部分を抜粋、転載します。

・・・・・
ドジョウのいいとこ 出せなくて
もともと ドジョウに良さがない 
(ここで、ダチョウの映像が出ています)

・・・・・
与党も野党も 同じこと 言いたがるだけで 進まない
分かりやすい名前の 子をつくり

包み紙変えて 中身が同じ
国民が この方々を 支えてく

・・・・・
いつまでたってもこの国は ヒステリーを起こして
すぐさめて 25%の削減も 言ってみたものの
(ここで、CO2削減のコラージュ映像)

なんてもって うち(聞き取れないですが、このように聞こえた)
太陽エネルギー 
そのうち バッテリーの山の中

大して困りはしないから 何とかしようも軽はずみ
・・・・・


=================================

私がこの歌の中で一番、「ウッ」ときたのが、
「そのうち バッテリーの山の中」
ですね・・。

電気って何だろうな。 (脳みそ 何で あんだヨウ)
「メガソーラーは無駄ソーラー」と連呼するのもヒステリック。
バッテリーに寿命があるのを忘れて。それが廃棄物になったら。
(所ジョージさんが憑依した(パクリともいう)文章になってしまった)

(注:ご家庭で屋根に取り付け型の太陽光発電では、太陽光だけで全ての電力を賄うのではないので、バッテリーは不要かと思われる)

----------------------------

毎日毎日鯛焼きを焼いているおじさんの方がいやになってしまい、
鉄板も壊れるよ、みたいな歌です。これいい。



ここからは「続きを読む」で、拍手コメントに返信です。
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