2008.08.21
緊張師匠(((( ゚Д゚;)))
季節の変わり目だか何だか不明だけれど、
精神的にはあまり調子が良くない。(お盆休みで精神的に疲れたんだと思う)
(♪季〜節の変わり目でぇ〜 あなたの心を〜知るなんて〜♪という歌が昔あったような・・)
ところで、今日こそは今日こそは・・もう買い物に行かなければならない。
だめだー。精神的に上向きでない時は、出かけるのがひと苦労・・。
もう5日間くらい、延ばしている。そして、緊張する。
今日は母が東京の病院に行っているが、
さっきまで父もどこかへ出かけて、なかなか帰って来なかった。
自分の車がなければ居留守が使えるが、今日は母が電車で行っていて車があるので、
誰かが来たら私が出なくてはならない。
緊張する。家に誰もいないよ〜怖いよ〜、と緊張する37歳女。困るなあw
(足が震えてきてしまったので、デパスを飲んでしまった・・(´・ω・`)
なので私は、自分のことを密かに「緊張師匠」と呼んでいる。
緊張することに関してだけは、おそらく私の右に出る人はいない・・という意味でw
いや、冗談はともかく、今治療中の社会不安障害は、今思うと軽い症状が出ていた・・?
と思う高校1年くらいから約20年はそのままだったので、
なかなか頑固で、治るのに時間がかかるかも。
でも、病院に通う前に比べると、だいぶ良くなった。
お気に入りのブログを見ていて、「オフ会」に行くという人が2人いた。
若い女性と男性。
女性の方は「サシオフ」だそうで、”何を着て行こうか、迷っている”とあった。
男性の方は、男女合わせて何人かでオフ会が開かれて、それに行こうと思うとあった。
オフ会・・。もしもオフ会なんて参加したら、私はどうなってしまうのだろう。
ここでは、実際に顔を合わせることがないので、
男性の方とも(^ω^)や(´・ェ・`)みたいな絵文字も交えて、話すことが出来る。
素に近い自分だ。文字だけなので、自分を出せる。
でも、実際に会うとなると・・相手が女性でも男性でもどちらでも、
文字のみとは情報量が格段に違ってくるので、どうなるんだろう・・パニックになりそう。
子どもの頃からの私を知らない、という点では気が楽かもしれないけれど、
そこら辺はやはり、実際の私を知っている人・会ったことがある人・・
の方が緊張しないんだろうか。
とは思うけれど、このブログは心の内をそのまま出してしまっているので、
(・・・あまりにもバカ過ぎるので書けないこともあるけれど(^ω^;)
ある程度私のことを知っていてくれる・・という安心感があると、
もし万が一(万が一、だけど)どこかのオフ会に行ったとしても、それほど緊張しないんだろうか。
とにかく、なにしろ、今日は買い物に行かないと・・。
・・・・落ち着かない。
精神的にはあまり調子が良くない。(お盆休みで精神的に疲れたんだと思う)
(♪季〜節の変わり目でぇ〜 あなたの心を〜知るなんて〜♪という歌が昔あったような・・)
ところで、今日こそは今日こそは・・もう買い物に行かなければならない。
だめだー。精神的に上向きでない時は、出かけるのがひと苦労・・。
もう5日間くらい、延ばしている。そして、緊張する。
今日は母が東京の病院に行っているが、
さっきまで父もどこかへ出かけて、なかなか帰って来なかった。
自分の車がなければ居留守が使えるが、今日は母が電車で行っていて車があるので、
誰かが来たら私が出なくてはならない。
緊張する。家に誰もいないよ〜怖いよ〜、と緊張する37歳女。困るなあw
(足が震えてきてしまったので、デパスを飲んでしまった・・(´・ω・`)
なので私は、自分のことを密かに「緊張師匠」と呼んでいる。
緊張することに関してだけは、おそらく私の右に出る人はいない・・という意味でw
いや、冗談はともかく、今治療中の社会不安障害は、今思うと軽い症状が出ていた・・?
と思う高校1年くらいから約20年はそのままだったので、
なかなか頑固で、治るのに時間がかかるかも。
でも、病院に通う前に比べると、だいぶ良くなった。
お気に入りのブログを見ていて、「オフ会」に行くという人が2人いた。
若い女性と男性。
女性の方は「サシオフ」だそうで、”何を着て行こうか、迷っている”とあった。
男性の方は、男女合わせて何人かでオフ会が開かれて、それに行こうと思うとあった。
オフ会・・。もしもオフ会なんて参加したら、私はどうなってしまうのだろう。
ここでは、実際に顔を合わせることがないので、
男性の方とも(^ω^)や(´・ェ・`)みたいな絵文字も交えて、話すことが出来る。
素に近い自分だ。文字だけなので、自分を出せる。
でも、実際に会うとなると・・相手が女性でも男性でもどちらでも、
文字のみとは情報量が格段に違ってくるので、どうなるんだろう・・パニックになりそう。
子どもの頃からの私を知らない、という点では気が楽かもしれないけれど、
そこら辺はやはり、実際の私を知っている人・会ったことがある人・・
の方が緊張しないんだろうか。
とは思うけれど、このブログは心の内をそのまま出してしまっているので、
(・・・あまりにもバカ過ぎるので書けないこともあるけれど(^ω^;)
ある程度私のことを知っていてくれる・・という安心感があると、
もし万が一(万が一、だけど)どこかのオフ会に行ったとしても、それほど緊張しないんだろうか。
とにかく、なにしろ、今日は買い物に行かないと・・。
・・・・落ち着かない。
2008.08.11
オリンピックと自分の歳
今年は北京オリンピック・・その前はアテネ・・
その前はシドニー(Qちゃん金メダル取ったなぁ・・)、
そしてその前はアトランタ
(「自分で自分を褒めてあげたい」って有森裕子が言ってたなぁ・・)、
そしてその前はバルセロナ(この時期はあんな事こんな事があったわ・・)、
そしてその前はソウル(確か県民文化ホールのテレビで、
100mのベン・ジョンソンがゴールするのを見た・・その後ドーピングが発覚したなぁ・・)、
という具合に、私はオリンピックになるとつい振り返る癖がある。やだなw
試合を終えた選手がインタビューで、「次のロンドンは?」などと聞かれているのを見ると、
つい「その時って私は・・42歳・・うわ〜恐ろしいわ〜((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル」
と、思ってしまう。
でもそれよりももっと恐ろしいのは、ロンドンオリンピックを見ている時に北京を思い出して、
「ああ、あの頃はまだ38歳で若かったわ〜」と言っていること。
そうならないように、今からキョンキョンみたいな42歳を目指すw
(「キョンキョン」という言い方で若い人は分かるかな・・小泉今日子ちゃんです)
(一応:今のところ私はまだ37です:補足)
その前はシドニー(Qちゃん金メダル取ったなぁ・・)、
そしてその前はアトランタ
(「自分で自分を褒めてあげたい」って有森裕子が言ってたなぁ・・)、
そしてその前はバルセロナ(この時期はあんな事こんな事があったわ・・)、
そしてその前はソウル(確か県民文化ホールのテレビで、
100mのベン・ジョンソンがゴールするのを見た・・その後ドーピングが発覚したなぁ・・)、
という具合に、私はオリンピックになるとつい振り返る癖がある。やだなw
試合を終えた選手がインタビューで、「次のロンドンは?」などと聞かれているのを見ると、
つい「その時って私は・・42歳・・うわ〜恐ろしいわ〜((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル」
と、思ってしまう。
でもそれよりももっと恐ろしいのは、ロンドンオリンピックを見ている時に北京を思い出して、
「ああ、あの頃はまだ38歳で若かったわ〜」と言っていること。
そうならないように、今からキョンキョンみたいな42歳を目指すw
(「キョンキョン」という言い方で若い人は分かるかな・・小泉今日子ちゃんです)
(一応:今のところ私はまだ37です:補足)
2008.07.26
「私の元気の素!」
私の元気の素。
それは・・・まず、うぴしかな。
うぴしは見た目と触り心地ともにモコモコしていて、いつも私に笑いかけてくれて、
可愛くてしょうがない。(親バカだな私。親というか・・まあ親と同じ)
うぴしと散歩の時間は楽しい。(散歩は3つのコースがある)
そして、チャコ(うちの白い猫)。
冬のうちはかなりお腹が太っていたけど、夏になったらやせてきた。で、また冬に太る。
妹が飼えなくなって家に来たんだけど、母にしか慣れていなかったのが、
私にも徐々に徐々に慣れてきた。
可愛いね〜チャコ〜、といって撫で撫でしてやると喜んでいるけれど、
油断していると急に怒って、鋭い爪でシャッ!!!と人の手を引っ掻くので要注意。
ダンナ。ダンナは時に、悩みの種となるけれど、
くだらないことがすごく好きだ。初めて会った時は、変な人だと思った。オヤジギャグも連発する。
私もくだらないことが好きだからか、そこのところだけは話が合う。
元気の素。他の人のブログを見ること。自分でブログを書くこと・・かな。
今は、この2つが生活に欠かせなくなっている。
出かけることや人と接することがとても少ないので、世の中との窓口というか…。
自分と違う立場の人や、違う考えを持つ人と、
ネットの中ではあるけれど知り合うことができる。
自分の考えを、紙の、誰も見ない日記帳ではなく…公開できる。
それは楽しいし有意義なことなんだけれど・・
うまく言えないけど・・本当はやはり、ネットの中の人や友人や親戚に限らず、
実際の人と会いたいという気持ちはある。
以前誰かが言っていた・・
言葉を交わさなくても、実際にそこに人がいる・・その存在はネットを越える・・
あまり正確ではないけれど、そんなようなこと・・その気持ち、分かる。
2008.06.24
私の教習所通い・
思い出した。「半クラ」。「半クラ」とは、半分クラッチを使うこと。
そして、ミッション車だからギアがロウに入る前の、半クラの状態で動き出す。
そうだ〜。私はそれがなかなか出来なかった。
それで教官に、「半クラが出来んと、車は動かないだよ」と言われたような。
(最近の事は忘れてしまうのに、こんな昔の事はおぼえているw)
半クラ難しかった。「クラッチが滑る」という意味が分からなかった。足で必死に覚えた。
その頃は全員ミッション車で教習しなければならなかったので、選ぶ余地がなかったけれど、
今だったらオートマを選んでいると思う。(今は車もほとんどオートマだし)
第一段階の、ギアをローからセカンドにするところで、手間取ったかな。
ギアを変える時にクラッチを踏むんだけど、タイミングが分からない。
変なときに踏んで、ぐぉぉぉ〜んと車が揺れる。汗びっしょり。
そういえば思い出した。「半クラ」とは、「半分クラクションを鳴らすこと」だと勘違いした人がいて、
「プ」と鳴らして教官に「そうじゃない」と言われた、みたいな・・これは全国的な話だったか。
------------
すっかり忘れてたけれど、この前夏至だったんだ・・。
今日ネットでニュースを見てたら夏至の話題があった。
最近ネットにどっぷりと漬かってきていて、現実とネットの区別がつかなくなっているかも。
以前の私は、パソコンの画面を1時間も見ていると吐き気がしてきた。
でも今じゃ、3時間ぐらいは一気に見てても平気。
いいんだか悪いんだか。良くないね・・あんまり。
-----------
東京の叔母にも、母と同じS状結腸がんが見つかったのだが、
明日は手術の前に、お見舞いに行ってこようかと思っている。母と妹、アオイと私4人で。
妹の家まで車で行ってアオイも連れて、そこから電車に乗って。
お弁当も作らないとならないし、うぴしの世話もしていかないとならないし、
家を出るのが早いと大変だなぁ・・と思ったけど、
妹が「お姉ちゃんがいれば安心だから」と母に話していたそうだ。
そうだよね、母は重くなったアオイを抱っこできない。私なら平気。(でも重い)
何だか、頼りにされて嬉しいな・・。アオイにも会えるし。
そして、ミッション車だからギアがロウに入る前の、半クラの状態で動き出す。
そうだ〜。私はそれがなかなか出来なかった。
それで教官に、「半クラが出来んと、車は動かないだよ」と言われたような。
(最近の事は忘れてしまうのに、こんな昔の事はおぼえているw)
半クラ難しかった。「クラッチが滑る」という意味が分からなかった。足で必死に覚えた。
その頃は全員ミッション車で教習しなければならなかったので、選ぶ余地がなかったけれど、
今だったらオートマを選んでいると思う。(今は車もほとんどオートマだし)
第一段階の、ギアをローからセカンドにするところで、手間取ったかな。
ギアを変える時にクラッチを踏むんだけど、タイミングが分からない。
変なときに踏んで、ぐぉぉぉ〜んと車が揺れる。汗びっしょり。
そういえば思い出した。「半クラ」とは、「半分クラクションを鳴らすこと」だと勘違いした人がいて、
「プ」と鳴らして教官に「そうじゃない」と言われた、みたいな・・これは全国的な話だったか。
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すっかり忘れてたけれど、この前夏至だったんだ・・。
今日ネットでニュースを見てたら夏至の話題があった。
最近ネットにどっぷりと漬かってきていて、現実とネットの区別がつかなくなっているかも。
以前の私は、パソコンの画面を1時間も見ていると吐き気がしてきた。
でも今じゃ、3時間ぐらいは一気に見てても平気。
いいんだか悪いんだか。良くないね・・あんまり。
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東京の叔母にも、母と同じS状結腸がんが見つかったのだが、
明日は手術の前に、お見舞いに行ってこようかと思っている。母と妹、アオイと私4人で。
妹の家まで車で行ってアオイも連れて、そこから電車に乗って。
お弁当も作らないとならないし、うぴしの世話もしていかないとならないし、
家を出るのが早いと大変だなぁ・・と思ったけど、
妹が「お姉ちゃんがいれば安心だから」と母に話していたそうだ。
そうだよね、母は重くなったアオイを抱っこできない。私なら平気。(でも重い)
何だか、頼りにされて嬉しいな・・。アオイにも会えるし。
2008.06.23
私の教習所通い
なんだか、ちょっとトーンのくらい話ばかり・・たまには変えよう。
と思ってふとしたことから思い出した、自分の教習所通い時代のことを書いてみよう。
なぜか、ジャンルは「ライフ」。そしてテーマは「This is My Life」。
-------------
私は、車の普通運転免許を持っている。
取得したのは、1989年。ほとんど20年前だ。もう20年も経ったんだ、早いわ〜w
高校を卒業する頃くらいだったか、母が「車の免許は取っておかんとねぇ。免許があるとないじゃあ、就職するでも何でも、全然違うからね、お金は全部出してやるから」と言って、私に運転免許を取るようにと言った。
そうかー、まあそりゃそうだね。周りの人たちもみんな取るって言ってるし。
母は37歳、ちょうど今の私と同じ年齢の時に運転免許を取った。会社へ行きながら家事をこなし、その後夜通って2ヶ月で取った。すごく大変だったという。
あまり歳を取らないうちに、と、その時決断したという。母の世代では、車の免許は持っていないという人もけっこういた。そういうこともあって、私に強く勧めたんだと思う。
でも・・私は不安になった。だって運動神経あまりないし、機械類は苦手だし。果たして自分が車なんて運転できるのか。
そして高校を卒業して短大へ行き、その年の夏ぐらいから通い始めた。
その頃からもうプチ社会不安障害気味だったので、それも不安だったけど、机に座って教科をこなす方は大丈夫だった。でも、実技の方が・・車の中で教官と2人で教えてもらう・・嫌だなぁ、と不安になった。しかしそれは杞憂だった。
嫌だなぁとか何か話したほうがいいのかとか、思うヒマなど一切なく、必死だった。
その頃はまだ「オートマ限定」というのはなく、ミッション車(ギアを使う)のみ、だった。
全国的にそうなのか、教習所によって違うのか分からないけれど、そこでは「第一段階」を、最低4時間教習を受けるということになっていた。
確かギアは「ロウ」から「セカンド」(英語で書けない)までだったような。
突然停止したり、車がガックンガックンと躍ったようになってしまったり、大変だった。
4時間のところを、私は7時間かかって第一段階を終えた。
長い・・。今日はここまでにしよう。続く。
と思ってふとしたことから思い出した、自分の教習所通い時代のことを書いてみよう。
なぜか、ジャンルは「ライフ」。そしてテーマは「This is My Life」。
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私は、車の普通運転免許を持っている。
取得したのは、1989年。ほとんど20年前だ。もう20年も経ったんだ、早いわ〜w
高校を卒業する頃くらいだったか、母が「車の免許は取っておかんとねぇ。免許があるとないじゃあ、就職するでも何でも、全然違うからね、お金は全部出してやるから」と言って、私に運転免許を取るようにと言った。
そうかー、まあそりゃそうだね。周りの人たちもみんな取るって言ってるし。
母は37歳、ちょうど今の私と同じ年齢の時に運転免許を取った。会社へ行きながら家事をこなし、その後夜通って2ヶ月で取った。すごく大変だったという。
あまり歳を取らないうちに、と、その時決断したという。母の世代では、車の免許は持っていないという人もけっこういた。そういうこともあって、私に強く勧めたんだと思う。
でも・・私は不安になった。だって運動神経あまりないし、機械類は苦手だし。果たして自分が車なんて運転できるのか。
そして高校を卒業して短大へ行き、その年の夏ぐらいから通い始めた。
その頃からもうプチ社会不安障害気味だったので、それも不安だったけど、机に座って教科をこなす方は大丈夫だった。でも、実技の方が・・車の中で教官と2人で教えてもらう・・嫌だなぁ、と不安になった。しかしそれは杞憂だった。
嫌だなぁとか何か話したほうがいいのかとか、思うヒマなど一切なく、必死だった。
その頃はまだ「オートマ限定」というのはなく、ミッション車(ギアを使う)のみ、だった。
全国的にそうなのか、教習所によって違うのか分からないけれど、そこでは「第一段階」を、最低4時間教習を受けるということになっていた。
確かギアは「ロウ」から「セカンド」(英語で書けない)までだったような。
突然停止したり、車がガックンガックンと躍ったようになってしまったり、大変だった。
4時間のところを、私は7時間かかって第一段階を終えた。
長い・・。今日はここまでにしよう。続く。

