家事専業。犬と猫が好きです。(・∀・)ノ ツイッターアカウントは、画面の下の方です。
  • 03«
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • »05
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


【行ってみた】終戦記念日の靖国神社がスゴイ所だった---NAVERまとめより。
2013年08月19日 (月) | 編集 |
【「NAVERまとめ」2013年8月15日、68回目の終戦記念日に靖国神社へ行ってきました。毎年ニュースで見るだけだったのですが、実際に行ってみると、ものすごい人数の参拝客から街宣車から機動隊から突撃ラッパまで、とにかくカオスだったので写真をまとめます。熱中症には気をつけましょう。】
【行ってみた】終戦記念日の靖国神社がスゴイ所だった
更新日: 2013年08月16日
(「マシュマロたいむさん」より。)

このまとめをつくった、マシュマロたいむさん、
そこで、8・15の靖国神社はどんな感じなのか行って来た
ということです。

以下、リンクです。
1.http://matome.naver.jp/odai/2137655360412714801
2.http://matome.naver.jp/odai/2137655360412714801?page=2
3.http://matome.naver.jp/odai/2137655360412714801?&page=3

このまとめをつくった方は、かなり良いアングルで写真を撮っていて、今年の8月15日の靖国神社の様子を分かりやすく伝えています。
(「右」「左」関係なく、タイトル通りとにかく「スゴイ」感じです)
靖国神社って、行ったことがない。どういうところなんだろう?という方には、
おすすめです。

見た感想ですが、私は2006年に行きました。パッと見は、2006年の時はこんなに警備が多かっただろうか・・、と、曖昧な記憶ながらも思い出しましたが。

この間の8月15日の靖国神社を取材したというジャーナリストの記事を紹介。
リンクしておきます。
靖国神社を取材して~普通の参拝客が「国防軍必要」
 ↑この記事の中のから一部抜粋。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
私が怖いのは、靖国反対や戦争反対を訴えるデモ行動を
口汚くののしる「右翼」の存在以上に、暑い最中に参道で、
延々と行列を作り、淡々と参拝し、強制されているわけ
でもないのに、同じように「英霊への感謝」や「靖国賛美」
を口にする圧倒的多数のごく普通の市民の存在です。
彼らの存在が、安倍自民党政権を支えているのは確かでしょう。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

「英霊」の中には、当時の日本を戦争へと向かわせた人もいるわけで、
靖国神社がどういう神社か、よく知ったら、日本がずっと平和でいるためには、お参りになど私は行くことは出来ません。でも、私は以前は知らなかったので、お参りしたことはあります。
知らない、ということはそういうことですね。

2006年に私が靖国神社に行った時に印象的だったのは、戦争の遺族の集まる場所(休憩所なのか、何か儀式をしたところなのかは不明だった)。
お葬式に着るような黒い洋服を来た、60代くらいの年配女性が目に入った。
まるで、よそのお葬式会場に紛れ込んだような私。
「入るところを間違えた・・」と思ってすぐに引き返した。
極めて個人的な空間だと思った。
私は、靖国神社が存続することには懸念を示しますが(いわゆる、靖国神社存続反対の立場です)、靖国神社が続いている限り、閣僚は例え遺族であっても議員なのだから参拝するべきではないが、その他の一般の遺族は、一般的に人が死んだ場合お葬式をしてその後お墓に納骨しますが、そのお墓と同じで、そのくらいはいいのではないかと思う。(本当は、神様(軍神?)として祀られている時点で、変だとは思いますが)
だから、国を挙げて、とか、首相や、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」が8月15日に靖国に行くだの行かないだの、そんなのはもう、やめた方がいい。行くべきではないです。


太平洋戦争では、ガダルカナル島や、インパール作戦で(他にも)、
大量の日本軍の兵士が餓死しました。戦わずして、わけも分からず物資が来ないうちに密林でマラリアに罹り、死んでいった人もたくさんいたと、私は朝日新聞の「戦争(上・下)」という、読者の投稿をまとめた本で読んだことがあります。こんな風に書きましたが、実際は想像を絶するほどの凄惨さだと思います。
このブログのリンク先の、「アナーキー読書感想文」のうごさんの記事より。
魂までも飢えさせたくはない2013-08-15
記事中、抜粋、転載させてもらいました。ここから。
--------------------------
実際、先の大東亜戦争で、どれだけの餓死者が出たのかわかりません。
とはいえ、仮に、私が、国の為と思って、軍人として、
戦地に向かって、戦わずして、餓死するとなったら?
そうではなく、嫌々、戦地にかりだされて、飢えで死ぬとなったら?

どちらにしても、その死を目の前にして、人生を悟りきれるのか?
はたして、この悔しさ、後世の人達に知られずにして、成仏できるのか?
私にはできないでしょう。無念過ぎて、無差別に呪いそうです。
--------------------------転載ここまで。
靖国神社について思う 2 山田風太郎の発言
 「戦争で死んだ連中は、靖国神社じゃない、
           ここ(デパ地下)にいる。」

うごさんは、山田風太郎のこの言葉に、衝撃を受けたそうです。続きます。

靖国神社について思う 3 十数年ぶりの参拝してみて
「靖国神社について思う 3」の中で私が、「そうか、靖国神社は今のままでいるのではなく、そういう方法もあるのか」と、思った、うごさんの、「これはもどかしくも、読者に伝えたいぞ」と、おそらく四苦八苦しながら書いたと思われる部分を、抜粋、転載。
--------------------------
御存じのとおり、靖国神社に祀られている霊は、古代神話の神ではなく、
戦死者であります。つまり、彼らは、食べるものも食べられず、
楽しい思いもなく、死んでいった人たち。そう考えると、

★この敷地には、お腹を空かせた霊たちが、いつでも来て、もいで、
 食べられるように、果樹を植え、田んぼを耕し、畑をつくり、
 農作物に溢れた神社にするべきだ!

さらに、付けくわえて、

★たとえ、洒落たオフィス街には似つかわしくなくとも、
 お椀にゴハンが たんまりと盛られような、濃い味付けの惣菜が
 たくさん並ぶような、家庭的な、田舎くさい雰囲気で、
 この神社は、みんなを迎えるべきだ!
------------------------------転載ここまで。

私は、「靖国神社を畑に」という、うごさんの案、とても良いと思います。
大賛成です。
※ すみません、訂正です。
記事を引用させてもらった、「アナーキー読書感想文」のうごさんから、
指摘をいただきました。
→(うごさんのコメント http://upishi.blog5.fc2.com/?no=1938 )
ただただ、私の感覚としては、
「靖国を畑に」ではなく、「靖国に畑を」です。



しかしその後、うごさんは、こんなことも書いています。
でも、今回、十数年ぶりの参拝をして、たまたまだったのかもしれませんが、
この神社を利用する人達の、のどかで、明るい雰囲気に、
私は、少々、面食らってしまったのです。


うごさんが行ったのは9月なので、ちょっと違ったかもしれません。
この神社を利用する人達の、のどかで、明るい雰囲気に私は、少々、面食らってしまった・・・
今年の8月15日もそんな感じだったと思いますが、
私が気になったのは、「英霊」という言葉です。これは、政治家(またはエライ人)が最初に使い始めたものと思いますが(大正時代らしい)、最近では、一般庶民も「英霊」というのだろうか。

長文になってしまいました。

私のようにブログでこんな風に書いたりしないまでも、一般市民が、日常会話で靖国神社のことを話題にするかどうか、それが、気になります。話題にしないと思います。

原発事故も、私は、爆発するまでは情報を集めていませんでした。
爆発して初めて、原子力発電の危険を理解しました。
気づかないうちに、事が進んで、何か起きた場合にはもう巻き込まれている・・・
どなたかこんな様なことを言っていましたが、まさにそうだと思います。


スポンサーサイト

政治活動って何?「政治的」って何?(´・д・`)
2011年11月28日 (月) | 編集 |
こんにちは。
ブログのカテゴリを「日本人気質。(?)」にしてみました。

昨日は、大阪府知事選と大阪市長選が同時に行われ、「維新の会」の松井さんと橋下さんが、
それぞれ当選しました。
今朝、ツイッターでも私はブツブツとつぶやいてしまいましたが、
「やっぱり」と思っただけでした。
2005年、「生まれて初めて自民党に票を入れた」という、私の父が言った言葉----
---「やっぱり、小泉さんくらい勢いがある人でないとダメだ」-----
を思い出しました。
(私はそうではありませんが、父は完全に「B層」な感じです
ちなみに夫は「自分の考えてることは間違ってない!」という自分党です)
(私は頭が文系ですが、いたって物事を科学的に見ようとするタイプです)
それぞれ個性があっていいなぁ U´・∀・`U  なんてね。

そしてもう一つ思い出したのは、小学校の給食で配られる牛乳に放射性セシウムが入っている疑いがあるからと心配している母親たちが何か活動をしようとしているときに、その行為(活動)が「政治的だ」と(誰が言ったのかどこの地域か忘れてしまったのですがツイッターで見かけました)言われた、みたいなことです。(牛乳の話は3ヶ月ほど前のことです)

参照:
<「子どもの未来を考える会 嵐山」>:『署名活動と政治』2011年7月25日付

日本では、「政治家」以外の人が子どもの健康のことを心配して活動すると、
「政治的だ」と見なされるようですね。
そして小中高生でも大学生でも、政治的なことを話題にしようとすると「キモい」だの
「引く」だの思われるのか、空気を読んでいるのでは?と私は勝手に想像しています。
例えば私の親せきが集まったときなども、「政治的な話」はタブーです。
(下手すると、「出しゃばっている」みたいに思われてしまう)
(皆さんの職場でも、そんな感じなのでしょうか・・多分)
曖昧に笑って、「困りますよねーー^^」と、かわいげに微笑んでいる方がいいのです。

私は日本でしか生きてきませんでしたが、日本って居続けると疲れます。精神的に。
放射性物質に対して「神経質になって」ストレスで寿命が縮まるのではなく、
「神経質にならざるを得ない状態を理解されない」のが原因で対人関係でストレスを抱え、
体調を崩す元になるのだと思います。
子どもの将来の健康のために、内部被爆が怖いと思うのは神経質ではなく当然で、
(大人も子どもも、内部被爆には注意を払わなければならないと思います。)
そしてそのために親が放射線を避けようと行動しても、これも当然のことなので、
「放射線さぁ、そんなに神経質にならなくても」と言う人に対しては、「そうだね~^^」と一応笑顔で返しておいて、あとは何回同じことを言われても、
「うんまあそうだね~(´=^・^=`)」と返していると向こうは飽きて相手にしなくなります。

(予約投稿です)


2011.6.22 朝日新聞「声」欄より。【生活保護の打ち切りは酷だ】
2011年06月24日 (金) | 編集 |
2011年6月22日付朝日新聞「声」欄より、投稿者に共感を覚えたので、
転載します。

==========================================転載ここから。

生活保護の打ち切りは酷だ
(投稿:栃木県 75歳男性)

 福島第一原発で東京電力から仮払い補償金や義援金を受け取った福島県南相馬市の約150世帯が、生活保護を打ち切られた。
 法律的に問題はないというが、なんだか冷たい気がする。しゃくし定規で融通がきかないお役所仕事の典型を見るようだ。保護費の何倍もお金をもらうならともかく、少しぐらいなら打ち切ることはないと思う。

 生活保護費は最低限度の生活を保障するためのお金であり、生活そのものへのお金といえる。一方、義援金は災害に対するお見舞いである。それなのに義援金や補償金が一定額を上回れば保護費を打ち切るというのでは、保護費の本来の意味がなくなってしまう。打ち切られた人たちはどんな思いになるだろうか。

 被災という非常時だ。厚生労働省には特例として認め、打ち切らないよう自治体を指導するよう求める。被災者は心身ともに落ち込み、いくらかでも明るい光を見いだしたいのだから。

==============================================転載ここまで。

私はこの投稿者と同じ思いです。
なんというか、「悪平等」という言葉が頭に浮かびました。

「生活保護の人のほうが良い暮らしをしてる」と言う人がいます。
けれど、日本の社会福祉のあり方がよくないのであって、
生活保護に頼らざるを得ない人を責めるのはおかしいと思います。
暴力団が絡んでいて・・というケースもあるようですが、
保護費が本当に必要な人にいかなくなって、最期の食事がおにぎりで、餓死・・
というケースもありました。

(だって、そんなこと言ったら、「犬・猫回収車」だって法律的には問題ないです。
例えば日本では、野良犬はすぐに通報されて「回収」されます。
その後は当然、保健所に行かされます。
多くの犬が、新しい飼い主が現れることもなく、
二酸化炭素で殺されて、みんな一緒に焼かれてしまいます。違法ではありません。
法律に則って行われています・・それを思い出してしまいました)

少し話がそれましたが、・・・
「法律的に問題はない」というのは、悪しき日本人気質なのかな。

東京電力からの仮払い補償金は、”もらって当たり前”のものです。
義援金はお見舞いで、私も少額ながら募金しました。
最近、骨折で入院した近所のおじさんにも、私は少額のお見舞い金をお渡しし、
受け取ってもらいました。
それと同じではないのですか? と、私は言いたいのですが。


≪6月6日付北海道新聞夕刊 辺見庸「幻燈のファシズム ──震災後のなにげない異様≫
2011年06月14日 (火) | 編集 |
作家の辺見庸さんの投稿文を、ツイッターで知りました。
「水の透視画法」の最後の投稿だったか、辺見さんが大震災に少しだけ触れていて、そこで連載が終わってしまったのですが、今、辺見さんの考えに触れることが出来てよかったです。

事後承諾になってしまうのですが・・管理人様、
転載させていただきます。

詩空間河津聖恵のブログ「それを通してすべてが消え去る輝き──」(M.ブランショ) 【2011年6月10日 (金)】
より。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::転載ここから。

6月6日付北海道新聞夕刊 辺見庸「幻燈のファシズム ──震災後のなにげない異様」

辺見庸さんの新稿です。現在立ち込める不可視の霧。そこに映る奇妙な影絵。しかしこれ以上私たちは、みずからの不気味な影を揺らがせてはなりません。

6月6日付北海道新聞夕刊
   幻燈のファシズム ──震災後のなにげない異様
                          辺見 庸

 暮れおちるまえに相模湾の防波堤をあるいていたら、つかのま、いまが朝だか夕だかわからなくなった。黒い叢雲(むらくも)が低くたれこめていて、水平線と雲はほとんど境をなくして融けいっている。太陽はぶあつい雲の奥にくぐもり、もうろうとした光が差すというより、ときおり、とろりとろりと海原にたれていた。雲と海面のあわいからカモメとカラスがにげるようにしてばさばさと陸側に飛んできた。防波堤にそうてどこまでも立ちならぶコンクリートの電柱のようすがどうもおかしい。陸側にだいぶかしいだり折れたりして見えるのだ。はっとして水面に目を転じると、よわい陽光を浮かべているあたりがなんだかあやしい。ゆっくりともりあがっている。その近くの海面は逆にえぐられて黒々と陥没している。おなじ海原で隆起と沈降がこもごもおきているではないか。足がすくんだ。
 もりあがった水の斜面を数人のサーファーがすべりおりていった。あたりまえの景色なのに、ふしぎな影絵におもえてしかたがない。波音にまじり声がきれぎれに聞こえる。歓声か悲鳴かすぐにはわかりかねた。夢のさめぎわのように、こころもとない。胸に満ちるものがあり、目頭があつくなった。大震災後、感覚に失調をきたしているのは、わたしだけではあるまい。揺れと大津波のフラッシュバック。破壊と喪失のとめどない悲しみ、不安。悼みと虚脱。原発渦のなか、せまりくる次の大震災。あてどない未来・・・。人びとの情動は、おそらく戦後もっとも大きなゆれ幅で日々うねりをくりかえしている。知りあいの古老によれば、いまの社会的心状はむしろ戦時につうじるものがあるという。ものごとは国家、地域、集団、組織優先が当然とされ、生身の個人はのどもとまででかかった異論を呑みこんでしまう。
 *
 教員に「君が代」の起立斉唱を義務づける条例案が大阪府で提出されたのはそんなときだった。複数回違反すれば懲戒免職とするのだそうだ。おどろいたのは、その恫喝的で戦時統制的な中身だけではない。あたかも条例案提出をすかさずあと押しするかのように、君が代斉唱時の起立を命じた校長による職務命令は「思想・良心の自由」を保障した憲法十九条に違反しないという判断が、最高裁の上告審判決で示された。うたえと命じられているのにあの歌をうたわない者、立てと命じられているのに起立しない個人は、社会から排除してもよろしいと言わんばかりだ。惘然(もうぜん)として天をあおぐ。大津波の映像をはじめてみたときの、信じがたく、よるべないおもいがぶりかえした。大震災と原発事故でかつてない心的外傷を負ったこの国は、だれもそうはっきりとは自覚しないにせよ、今風のファシズムのただなかにいるのではないか。
 この件について、世論はしかし、いたって静かである。毎日のように震災に負けない日本人のつよさ、がんばり、きずな、おもいやり、団結がこれでもかこれでもかと報じられ、「ふるさと」や「上を向いて歩こう」がおもいをこめてうたわれ、他方では、さしもたくさんの人の命をのんだ海で若者たちがサーフィンに興じ、競艇も競馬も競輪も客足をとりもどしつつある。被災地からはなれた場所での日常復元の速度はあきれるほどである。七十年以上まえに石川淳が小説「マルスの歌」に記したスケッチをふとおもいだす。「たれひとりとくにこれといって風変わりな、怪奇な、不可思議な真似をしているわけでもないのに、平凡でしかないめいめいの姿が異様に映し出されるということはさらに異様であった」。日本的ファシズムの淡彩描写でこれほど虚をつく文はない。日本型ファシズムの特質は、人があえて争わない諧調にあり、表面はとても異形には見えないところにある。石川はそれを戦争の実時間にあって勇気をもって活写しえたじつに数少ない作家である。石川のいうなにげない異様を、わたしはいまに感じる。
 *
 かつて君が代をうたわなかった先生たち、起立しなかった人びとが、いまはすっくと立ち、明らかな声にしてうたうのだそうだ。そのような人びとの内面はあまりにもつらく、たわんではいないか。そうさせているものはなにか。あの歌をうたわないですむ会社や組織に同質の異様はないのか。うたいたくない者に直立不動でうたわせる社会はまっとうだろうか。石川淳はファシズムの季節の光と影のゆがみについて書いている。「ひとびとの影はその在るべき位置からずれてうごくのであろうか。この幻燈では、光線がぼやけ、曇り、濁り、それが場所をゆがめてしまう」。問題はむろん、テレビが放(ひ)りだしたガスのような大阪府知事ひとりにあるのではない。わたしたちひとりびとりの、あるべき位置からのずれを、醒めて見つめるべきではないか。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::転載ここまで。(下線は私)


辺見庸さんはここで、"石川淳"という人について書いているが、辺見庸さんの、

> 日本型ファシズムの特質は、人があえて争わない諧調にあり、表面はとても異形には見えないところにある。

この言葉が心に残ります。(ツイッターでも私はつぶやきました)

『日本型ファシズムの特質は、人があえて争わない諧調にあり、』

ここです。
どうして、人はあえて争わないという事になるのか。
日本人でありながら、どっぷり日本人でありながら、
日本人を心の奥底では理解できない私。
何を考えているのか、分からないことが度々ある。
東京都教職員による国旗国歌訴訟は、
なんであれが、「合憲」なのか。

おそろしいのは、裁判官だけでなく、多くの人が「だって法律だから」
と、のっぺりと思っていること。
福島で、放射性物質に汚染された牧草を食べた牛の牛乳を、
どう考えても飲まない方がいいに決まっているだろう。あとで、がんに罹患する可能性だって大きいのだから。
それを、学校を続ける方が大事だとでも思っている(どうしても飲ませようとする)校長先生。
そういう大人を見て、「何で自分だけ違う牛乳飲んでいるの?自分だけ助かりたいの?」と、クラスメイトに聞く子ども。

「法律だから」(-----国旗国歌は強制ではありません)
「そういう決まりだから」
「学校に行って勉強するのは大事だから」

それじゃ、答えになっていないのに。

誤字・脱字があったらすみません。

追記:2011/06/15/05:16
原発についても、です。
「原発がないと原始時代に戻らなきゃならならんぞ」
「原発があるのは避けられない」
「集団ヒステリー」「反原発デモキモい」
「反対意見を表明するなら、エネルギーの代替案を出してからにするべき」
   (↑ 私が好きな超有名登山家が言っていたので、脱力した)

とかね。


自粛が好きだなぁ
2011年03月29日 (火) | 編集 |
おはようございます。
悪夢。
浜岡原発のことを知っていないとならない。
怖いと言いながらよく知らない。
確かおとといくらいの山梨日日新聞だと思うけど、
火山がどうのこうの・・ちゃんと見ておこう。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

笑ってしまったツイートを一つ、紹介。(きのう)
............................................................

yjochi 自粛スパム@39aoi 田沢湖スキー場エリアなう。「21日から営業再開」宣言したら自粛要請のお叱りが殺到し、やむなく未だに休業中。100名ほどの従業員も失業中。周囲の宿も全キャンセルくらって大打撃。被災しなかった東北地域の経済まで撃沈してどうする!そんな自粛要請やめてください!
約16時間前 TwitBirdから

............................................................

まったくだね。
なんで、自粛要請のお叱りが殺到するんだ。
「自粛スパム」だね、まさに。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる式自粛要請?(´-_- )
ま・さ・に、自粛キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!

自粛要請の理由は何だろう?(´・д・`)
放射線が怖いから?人と物の行き来が盛んになって自分のとこにしわ寄せが来たら嫌だよ~
という、妙なわがまま?
スキー場が営業してて「自粛しろ」と思うんなら、
自分が行かなきゃいいのに、と私は思うが。
不思議だ。
「JISHUKU」という英語が生まれませんように・・。( ´-`)† (-ι-З)ナームー

:::::::::::::::::::
追記:ちょっと文章がおかしいところを直しました。

「スキー場に自粛要請してどうするんだろうね」と、私の夫に聞いてみました。
そしたら、「だって、ナイターとか、照明に電気食うじゃん。そんなもんに電気を(ry」
との答えでした。
納得しかかりましたが、やはり、私には営業再開を自粛要請する理由がよく分からないです。